■最高の研究者でも間違える主述の関係

 

1 「は」と「が」の使い分け

日本語には、主語がないという主張がありました。助詞「は」の接続した語句を主題と呼んでいます。主題になるのは、助詞「は」だけであって、助詞「が」接続は主格になるという説明です。助詞の「は」と「が」の違いを、機能の違いとして説明する試みです。

しかし「は」と「が」の使い分けをしようとすると、そんなにきれいに説明できなくなります。外国語として日本語を学ぶ人たちは、たくさんのパターンを覚えて、使い分けをしなくてはなりません。ところが私たちは、苦労なく、この使い分けができます。

私たちは、音で助詞の使い分けができるようになっていますから、理屈でなく、何となくおかしいと感じることで、「は」と「が」の間違いをしません。日本語を母語として習得した場合、小学校に入るまでに、この音感ができてしまっています。

 

2 ポイントは省略された主体

行方昭夫(なめかたあきお)の『英会話不要論』に、日本文学研究者の最高峰であるドナルド・キーンとサイデンステッカーの誤訳の例が示されています。圧倒的な実力者のお二人も、<中学生でも犯さぬ誤りばかり>の、明らかな誤訳をしています。

ここで注目すべきことは、両者の誤訳が行為の主体者の取り違いに関わるものだということです。日本語の場合、主体(主語)が省略されます。その省略された主体を別の人だと思って訳した結果、誤訳になっています。

例えば、太宰治『斜陽』では、<「お母様おいでなさる?」と私がたずねると、「だって、お願いしたのだもの。」と、とてもたまらなく淋しそうに笑っておっしゃった。>…のお願いしたのが、キーン訳では、”He asked me to.” と相手の男性になっています。

 

3 的確な日本語の条件

誤訳の例にあるように、母語として日本語を身につけた人でないと、簡単な主体者でも間違うリスクがあると言えそうです。しかし、別の点にも注目すべきでしょう。谷崎潤一郎の文章の場合なら、どうでしょうか。主体者の間違いは、起こらなかったと思います。

キーンは、近代文学者で一番訳しやすいのが谷崎だと言っています。主体と述部がわかりやすいのです。たとえ主体者が省略されていても、取り違いの起こりにくい文章です。上記の太宰の文章は、日本語としてもふやけています。谷崎と格が違います。

行方は、英語の出来る学者として知られた人です。その人でも、英語を社内公用語として徹底させることは無理だと、実感しているようです。当然でしょう。日本語をきちんと使うことのほうが、実際的です。

誤訳を起こしにくい的確な日本語で文書を書くことが、今後ますます重要になります。とくに主述関係のはっきりした日本語を書くことが、求められるはずです。ビジネス人の場合、主述関係の明確な文章を書くことが、必須の条件になると思います。

 

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