■形容しない形容詞:鈴木孝夫『日本語教のすすめ』を参考に

1 何も言わない形容詞

形容詞という用語を私たちは使っています。形容する語ですから、そんなに違和感を感じる必要はないように思われます。ところが形容詞のなかには、対象そのものについて何も言っていないものがあります。

鈴木孝夫は『日本語教のすすめ』で、「遠い」「近い」という形容詞は、「近くのスーパー」「遠い病院」という言い方をするけれども、<どちらの言葉もスーパーや病院それ自体の持つ性質や状態については全く何も言っていない>と指摘しています。

言葉を使っている人と対象との距離について語っているだけであって、スーパーや病院自体の性質や状態とは関係がない、ということになります。対象そのものについて「何も言わない形容詞」という言い方を鈴木はしています。

 

2 一種の比較文

「遠い」「近い」に限らず、多くの形容詞が<物や対象自体を少しも形容していない>のです。「珍しい」もその種の言葉になります。物の持つ性質とは関係なく、<仲間や同類が少ないということの表現>です。

「珍しい果物」と聞くと、その果物が何か普通でない特別な色か形をしていると思いがちですが、本当はこの形容詞は「これと同じものが少ない、滅多にない」ことを意味しているだけで、そのもの自体の形や性質については何も言っていないのです。

赤いリンゴという場合、リンゴの性質について語っていますが、「大きいリンゴ」「小さいリンゴ」となると違ってきます。標準的な大きさの認識があって、それとの比較で大きいとか小さいとか言うことになります。

鈴木の分析によると、形容詞の中には「隠れた比較」をする用語があるということになります。リンゴが「大きい・小さい」というとき、「リンゴとしては大きい、小さい」ということになります。<それだけですでに一種の比較文なのです>…ということです。

 

3 状態の判断

鈴木の言うこともよくわかります。ただ、「赤いリンゴ」という場合であっても、リンゴの性質を語っていながら、実際のところは語る人の判断に依存しています。「赤い」ということを定量的に示しているわけではありません。

「遠い・近い」の場合でも、それを語る人がいて、その状態を示しているものです。鈴木の指摘で大切なのは、形容詞という用語が実体を表していないという点にあります。「形容」ではなく、話者がどんな状態かの判断を示している用語であるといえそうです。

述部に形容詞が使われるとき、形容詞だけでは状態を示せないことがあります。「このクリームは肌にやさしい」という場合、「やさしい」を述語だというのが通説です。しかし「やさしい」だけでは、主体について述べたことになりません。

「肌にやさしい」ということが、「このクリーム」について述べている内容です。通説は述語を3分類して、その一つを形容詞述語としています。しかし形容詞という用語自体に実体とズレがあるのです。品詞に依存した分類には無理があるというべきでしょう。