■文章日本語の形成:ワープロ普及の意義

1 文章日本語と表現した司馬遼太郎

文章としての日本語について、司馬遼太郎は「文章日本語」という言い方をしていました。文章日本語の成立を昭和30年代の後半(1960年代)だと推定した上で、成立に影響を与えたのが、週刊誌の文章だろうと講演で語っています。

渡部昇一はもう少し後の時代に注目していました。1980年代にワープロ専用機が普及してきたことを画期的だと見ています。日本語をローマ字やカナ文字だけで機械処理しないで、手書きや活字で読んでいるそのままの形で処理している点に注目しました。

自分達の国語が遅れたもの、ダメなものだという考えがあると、変更したい気分に襲われます。しかし、現在使っているものをそのまま処理する機械が出てきて、それが普及したことにより、もはや後戻りできない状況になったと判断しました。

 

2 文法が整備されていた古代の日本語

文章としての日本語は、ごく最近確立したものだと言ってよいと思います。日本語の書き言葉は大きく変化してきました。知識や情報が重要な社会では、簡潔的確に言葉を伝えられるようになっていないと困ります。そのために、日本語が変化してきました。

しかし、その一方、日本語は古い言語であり、また文法がふらついていない言語だともいえます。魚返善雄『日本語心得帳』で「日本書紀」の文を引いて、以下のように書いています。

筆者はなにも血迷って「日本書紀」などを持ち出したわけではない。日本人の今使っている日本語は、すでに古代においてこれだけ複雑な文法を持つ言語であったことを考えてもらいたいからである。

まだカナが形成される前に、すでに日本語の骨格が出来ていたということです。「日本書紀」では、<日本音を漢字によって音訳した>表現法によっています。これがカナに変わっていきました。

 

3 工夫の余地が大きかった日本語

魚返は、カナと漢字の両方を持つことが、<その後の文化の発展にとって大きなプラスとなった>と書いています。ここに付け加えるなら、漢字もカナも同じくマス目に埋められる形式を持っています。このことが縦横自由に書ける基本になっています。

もう一つ大切なことを魚返は指摘しています。日本語の<長所の中でいちばん人の気のつかないのは、発音の寸法がきちんとしていることであろう>と言います。発音の寸法とは「音節の長さ」のことです。

ことばの区切りが、ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コのように、だいたいにおいて同じ長さになっている。外国のことばでは、英語にせよフランス語にせよ、日本語の音節のように平均の取れた形にはなっていない。[中略]日本語は音節の長さが一定しているうえに、それを書きあらわすカナ文字がまた、世界にも類のまれなくらい能率的に出来ている。

こうした特徴を持つため、簡潔的確な文章にしようとしたら、たくさんの工夫が可能だったと思います。工夫の結果が文章語の変化に現れたのでしょう。その過程で、機械を使った記述が可能となり、これが文章日本語の成立の契機となったものと思います。