■速記について:今後、速記録で重視されること
1 速記はなくならない
先日、速記についての新聞記事がありました。速記者の数が減っているようです。プロが500人程度とのことです。いまや「音声認識システム」が、発言の最大9割を自動的に文字に変換できるようになったとのこと。技術の進歩はすばらしいものです。
それでも、今後も速記がなくならないと見られています。変換効率「最大9割」と言われると、ほとんどの発言が正確に文字変換される印象もありますが、まだ十分に使えるレベルではありません。その上、技術がさらに進歩しても、速記は残ると言います。
機械は速記には追いつけない。まず、方言やはっきりしない言葉があると変換率が下がる。マイクから離れたところでのヤジや、複数の発言が 同時にあった場合、速記者がいればすぐに確かめたい部分を起こせるが、機械だとそうはいかない。(朝日新聞Web版20150109)
今後、「音声認識システム」をどう使うかが大切になってくると思います。同じ記事に、<大和速記の津田健司社長(55)は「音声記録を読みやすい 文章に整えるには、人間の判断力が必要になる」と話す>…とあります。その通りでしょう。
2 独り立ちした文章になっているか
現在の速記で、「困る」は小さく○と書くのだそうです。こうした手法がそのまま生き残るのか注目されます。一方、よくできた議事録や講義録がどういうものかという観点からすると、音声を正確に文字に起こす以上に、大切なことがある気がします。
明らかな言い間違いがあったり、話のつながりが良くないときに、どこまで編集したらよいのか、記録の目的によって違ってくるだろうと思います。そのままの記録が重視される場合、音声を残しておかないと文字だけでは証拠能力として不十分でしょう。
あえて文字にして利用する場合、「人間の判断力」が、より大きな要素を占めてくると思います。お話は、その場限りのものです。それを文字に固定する場合、修正の必要が出てくるでしょう。その修正の結果、文章が独り立ちしたものになるか、そこが問題です。
3 早く読めて正確に内容が伝わること
編集によって言いたいところが伝わりやすくなるという点が、今後、より大切になってくるだろうと思います。音声認識システムでできることと、人間がやるべきことの棲み分けが大切になりそうです。人間がやるべきことは、読者が理解できるようにすることです。
速記録を書くときに、どう記録すべきか、様々な判断が求められます。例えば話の枝葉に意味のある場合と、あまり意味のない場合があります。話のつながりが、よいところばかりではありません。それらを、話した人の意志に沿うように修正する必要があります。
同時に、読む側に伝わるように…という点が難しいと思います。速記録を作る場合、お話になった方に速記を作る許可と、内容のご確認をお願いする必要があります。よくできたものが作れた場合、お話くださった方との信頼関係もできます。
よくできた速記録の場合、話はよくわかり、音声を聞くよりも数段早く読みきることができます。スピードが重視される時代に、音声を文字に固定する場合、早く読めて正確に内容が伝わるという価値基準を意識する必要があるように思います。