■ビジネスの基本となったパースの「信念の確立法」
▼判断・決定の根拠は信念
ビジネス上の問題について、どういう方法で判断・決定をしたらよいのか、なかなか難しいですね。万能の方法など、なさそうです。しかし、知らないうちにわたし達は、いくつかの傾向をもった考え方で、判断しているようです。
理性で判断していると言えそうですが、それだけでしょうか。理性を働かせた合理的判断が、近代の産業発展の過程で、中核的な役割を果たしたことは確かでしょう。しかし、理性万能主義の弊害が指摘され、ポスト・モダンの方法を…と言われることがあります。
プラグマティズムを生み出した哲学者であるパースは、カントの『純粋理性批判』を諳んじるほどに読み込んだ上で、従来の「理性の正しい導き方」という観点から、「信念の確立の仕方」へと論点を変更させています。
私たちが問題に取り組んで、これが正しいと判断するのは、信念の確立によるものだというのです。これは従来の考え方と違っています。理性万能主義の考えによれば、理性を正しく働かせさえすれば、正解が得られるのです。
デカルトの場合、人間には持って生まれた理性があって、それを曇りなく発揮すれば、人間はみな同じ正解に達しうるという考えでした。このとき、理性の正しい導き方こそが、一番の問題でした。理性を正しく使えば、正解に達することになります。
▼4つの「信念の確立法」
ビジネスで使われる判断基準は、理性に頼りながら、信念の確立によってなされていると考えた方が、しっくり来ます。信念が磐石になったとき、それは「真理」だと認識されるかもしれません。そのとき、ここにいう真理は、あくまで相対的な存在になります。
パースは4つの典型的な信念の確立方法があると言います。
第1に「固執の方法」。「これだ!」と信じ込むこと、信仰に近い思い込み。
第2に「権威の方法」。権威あるものの判断を取り入れること。
第3に「理性の方法」。自分の理性にかなっているかどうかで判断する方法。
第4に「科学の方法」。科学的な実験を行って、その結果によって信念を形成する方法。
ここでパースが薦めるのは、第4の科学の方法です。「科学の方法」という言い方には、やや違和感があると思います。この論文「信念の確立法」は、1877年に書かれていますから、やや時代ががったイメージはあります。
なぜ「理性の方法」ではダメなのか、パースの説明はシンプルです。理性は知的活動に不可欠なものです。しかし私達は、すべてを疑ったなら、何も答えられなくなってしまいます。だから、デカルトの言うような方法的懐疑というのは、不可能だと考えるのです。
▼自己訂正的な方法
科学の方法は、なぜ有効なのでしょうか。実験によって真理が確保されるということではありません。真理は相対的な存在にとどまります。それでも、科学の方法に期待できます。
実験をして、検証した上で判断するのですから、安定性があります。よくわからないけれども、これでよいだろうと、「固執の方法」や「権威の方法」で実施した場合でも、その結果を検証して、方針を決めることができます。
この方法をとる場合、実験の結果が正しいと思って行ったとしても、実際は違っていたということがありえます。そのときは、その検証によって、方針を変えていくことができます。他の3つの方法と違って、科学の方法は、「自己訂正的」です。
科学的な実験だけが、科学の方法ではありません。問題点をあげ、対策を明確にしておくことによって、検証ができるようになります。概念を明確にしておきさえすれば、検証ができます。そのためにビジネスにおいて、文書化が進んだものと思います。
知らないうちに、私たちはこの方法を使っています。もっと意識して使ったらよいと思います。パースは、生前に著書も出せず、学者にもなれず、不遇な生涯だったともいえます。まだ評価が低すぎる気がします。ポスト・モダンの方法の基礎はここにあります。