■[が]と[を]の使い分け
1. 音・リズム・ルール
言葉というのは、ルールがあるとともに、慣習によるものですから、すべてを理屈で割り切るわけには行きません。どういうバランスをとったらよいのか、なかなか難しい問題です。
詳細なルールに従って文章を書く…などということは、あまり想像したくありません。そんな方法でよい文章が書けるとは思えません。大枠は、シンプルなルールで判断しているのではないかと思います。
シンプルなルールでしたら、ある程度慣れれば、感覚的にそれを守ることが出来るようになります。ルールを意識しなくても、自然に言いたいことが言い表せることが理想でしょう。
これは、言葉の獲得がきわめて早い時期からなされること、言葉の障碍を負った人があるとき感覚を思い出したように回復することがあること、こうしたことからの連想です。言葉のルールが日本語のもつ「音」・「リズム」と一体化しているという気がするのです。
しかし、「連想」や「気がする」程度では困りますね。ここからは、具体的な事例で、考えて見たいと思います。
2. 「が」と「を」の使い分け
しばしば問題になる「が」と「を」の使い分けの問題を検討してみたいと思います。よく使われる例文を並べてみます。
(1) 私は酒が飲みたい。
(2) 私は酒を飲んだ。
ここでの「酒が」と「酒を」の使い分けについて、どう説明したらよいでしょうか。
まず前提を確認しておきます。(1)の「酒が」も、(2)の「酒を」も、同類の文の構成要素であるという点です。
同じ「酒」という語句が使われ、さらに同じ文の構成要素だと考えられますから、助詞の使い分けは、そのあとの「飲みたい」と「飲んだ」の違いによるものだと考えられます。接続する助詞を決めているのは、そのあとにくる述語の性格だということでしょう。
いまの日本語文法では、述語(述部)について、品詞によって3分されると考えられています。英語のように、述語が動詞だけというのとは違って、名詞も形容詞も述語になれるということです。名詞述語、形容詞述語、動詞述語と呼ばれています。
述語の品詞による3分類については、異説のほとんどない通説です。それ自体、間違いということはないでしょう。しかし、例文にこの述語の分類を適応してみても、うまくいきません。「飲みたい」も「飲んだ」も、ともに動詞ですから動詞述語です。
通説の3分類に従うと、この「が」と「を」の使い分けのルールが見えてこないのです。もう少し考えてみたいと思います。
3. 使い分けのルール
もし仮に、形容詞述語の場合、その前の語句に「が」がつき、動詞述語の場合、その前の語句に「を」がつくというルールがあるなら、使い分けの基準になります。しかし、2つの例文の違いは「飲みたい」と「飲んだ」だけです。品詞で考えるのは無理があるようです。
私たちは、品詞という抽象概念を、スムーズに使い分けできるものでしょうか。もっとシンプルな使い分けのルールがあると考えたくなります。いったん、品詞を忘れて考えてみたほうがよさそうです。別の例文も見ておきましょう。
(3) 私は酒が飲める。
(4) 私は酒を飲もう。
以上からすると、述語(述部)が、「飲みたい」「飲める」という願望や可能の場合、「が」をとり、「飲んだ」「飲もう」のような行為や意思の場合、「を」をとるというルールがありそうです。ただ、この違いはまだ明確ではありません。
「願望・可能」の場合、「が」をとります…という言い方では、個別対応の感じがします。もう少し分け方のルールが欲しくなります。「行為・意思」との違いは、どんなところにあるのか、そこが問題です。
この点、以下のように考えてみたらどうでしょうか。
「願望・可能」のように、頭の中で考え、口で言っているだけですむものは、「が」をとる。状況とか状態について記述する場合です。
「行為・意思」のように、行動するもの、あるいは行動に結びつくものは、「を」をとる。行為について記述する場合です。
読んだり書いたりするときに、述部の品詞を意識することは、あまりなさそうです。言い表すだけのものなら「が」、行動につながりそうなら「を」というシンプルなルールがあると考えるほうが自然でしょう。
このシンプルなルールが、一音の助詞「が」「を」と結びつくことによって、私たちは意識せずに使い分けができると解すべきでしょう。