3 「誰に」「何を」記述すべきなのか
私がこの本で一番大切だと思ったことは、おもに5章に書かれています。マーケティングや何かを創るときに、【誰に・何を・どのように】ということを意識することが大事になります。その中心的な内容が、5章に記されています。
5章の「原稿の作成」の最初の節の見出しは「誰に語りかけるか」です。この問いに対するエーコの答えは、明確です。
▼論文はたまたま論文指導教員とか(審査委員会の)他のメンバーだけに向けられている仕事であるとはいえ、実際には、他の多くの人々――その学問には直接精通していない研究者たちからさえも、読まれたり、参照されたりすることを前提にしている仕事なのだ。
【誰に・何を・どのように】のうち、【誰に】書くのかということは「多くの知的な人々」でひとまずよいでしょう。そうなると【何を】が問題になってきます。これについては2章の「テーマの選び方」に書かれています。
しかし一般のビジネス人にとって、この2章が役に立つか…と言えば微妙なところです。私はひとまず、読んだだけでした。2章で参考になるかもしれないのは、6か月で論文をまとめるときのテーマ選びについてです。テーマの条件として3つが示されています。
第1の条件は、テーマが限定されていること。第2の条件は、テーマが現代のものであること、あるいはごくわずかしか書かれたことのない周辺的なテーマであること。第3の条件は、資料がたやすく調べられるものであること…です。
ビジネスでも参考になりそうです。テーマが限定されていないと、成果が不明確になりますし、現代のものに重心を置くのはビジネスですから当然でしょう。そして調べられるところから進めて行くのも、常套手段と言えそうです。
こうやってあれやこれやの結果、ひとまずテーマが決まったとしたら、どう記述すべきかが問題になります。【誰に・何を・どのように】のうちの【どのように】にあたるところです。エーコは以下のように記しています。
▼火山学の論文では、火山がいったい何であるのかを説明する必要はない。だが、これほど明白なレヴェルに到達していなければ、即刻、読者に必要な情報をすべて提供するのがよいに決まっているだろう。
具体的には2つのことが必要になります。
1つ目はキーワードに当たるもの、専門用語を定義すべしということです。
2つ目は読者になじみの薄い人物などについて、説明せよということです。
なぜこうすべきか。もうお分かりでしょう。テーマに関する専門家以外の人も論文の読者として対象としているからです。このあたりのことは、ビジネス人も、文書を書くときに真似したほうがいいと思います。
4 論文の書き出し:まずい事例と適切な事例
『論文作法』のなかで、ぜひご紹介したいと思うのは、文章の書き方を説明するときの例文です。いい例文があるとわかりやすいでしょう。それらを見ただけで何かを感じとれる気がしました。いい事例は貴重だと思います。私自身、すごく参考になりました。
実際の論文の書き出しは、どうあるべきでしょうか。ここでエーコは2つの例を挙げています。1つめのものの書き出しに対して、エーコは(まずいこと)と書いています。好ましくないということです。なぜかは、まず読んでみてください。174頁にあります。
▼Giovan Battista Andreini に関する研究の歴史は、演劇史に貢献したギリシャ出身の神学者・博学者 Leone allacci(1586年キオス島生まれー1669年ローマで没)によって作成された。この作家の著作目録から始まる…
アンドレイーニという人がどんな人か、たいていの人はわからないですから、書き出しを読んだほとんどの人は、いきなり戸惑います。これではその先も思いやられます。エーコはこの事例に対して、以下のコメントをつけています。
▼アンドレイーニを研究したアッラッチに関してはかくも精しい情報を与えられながら、肝腎のアンドレイーニについては何も知らされない。これでは誰だってがっかりすることは想像に難くなかろう。
これに対して、エーコが(もっと適切)と記しているよいほうの例が挙げられています。それは以下のように書きだしています。
▼私の研究対象は、自らの足跡をごくわずかしか残さなかった一作家、Pierre Remond de Sainte-Albine によって書かれ、1747年にフランスで刊行されたテクストである…
この書き出しに続いて、[どのテクストを論ずるか、その重要性はいかなるものか、について説明している」ようです。エーコは[こういう出だしは正しいと私は思う]とコメントしています。対象とする人やモノについて、その説明をつけていくことが必要です。
対象について基礎的なことからきちんと説明しなくては伝わらないということを前提に書かなくてはなりません。そのための方法が、キーワードの定義と登場人物の説明でした。これらを記しておけば、多くの人が読むときに、理解の手掛かりにしてくれるはずです。