■20代の若者たちとの対話から:楽観的な世代の登場

    

1 雇用状況の改善

若者たちが自然に日本の発展を言い出すことがあります。いま20代の人たちです。彼ら彼女たちは、学生時代に、日本が良くなってきたという感覚を持っています。就職の氷河期が緩和して、じょじょに雇用状況が良くなってきたのを実感している世代です。

いま40歳代の人たちは、日本がどんどんダメになってきたという話をよくしていました。そこから一世代若くなると、見方がずいぶん違うと感じます。そう簡単な話ではないでしょうが、しかし雰囲気の違いに驚くことがありました。楽観的な見方が強いのです。

世代論は、あまり強調しすぎるとおかしなことになるでしょう。気分の問題にもなりますから、客観的な話とも言えません。しかし、これを雇用の問題だとみると、話が具体的になって、定量的な指標も見えてくる気がします。今後も見えてくるはずです。

      

2 「高度な作業」の再定義

機械が作業を自動化した結果、いわゆる肉体労働者がいなくなっていき、その代わりに、様々なサービスが発展してきました。今後、人手不足が言われる状況ですから、以前のような就職氷河期がやってくる可能性は低いでしょう。あとは働き方の問題です。

生成AIが発展して、いままで頭脳労働とみられてきたことも、やや複雑な当てはめに過ぎなかったのかもしれないという見方が出てきています。それならば、機械的な処理に任せた方が良いでしょう。人間ならではの能力ということが、問題になってくるはずです。

まだ生成AIがどうなっていくのか、見えていませんが、人間関係にかかわるところに、人がいなくなることはないでしょう。AIのおかげて、人間が単純作業がする機会が減ってくることは間違いありません。いままでの高度な作業という定義が崩れることになります。

      

3 問われるのは学習能力

人間は人間が必要だという、あたりまえの感覚があるならば、技術の発展に伴って、人間の働く場が作られるという期待が生まれるのも当然でしょう。ごく一部の人たちとの会話にすぎませんが、若者の楽観的な視点は、その上の世代と比べて対照的です。

問題は学習ということになるかもしれません。何かを学び、何かを身につけるためには、それなりの苦労が必要です。反復して何度となくうまくいかないという経験が必要になります。学習能力が十分にあるならば、新しい仕事もやっていけるはずです。

仕事の内容が新しくなっていき、それをこなしていく人が必要になってくるという周期がどんどん短くなってきている気がします。そうなると、柔軟な学習能力を持った人が有利になることは間違いありません。面白いことに、若者が勉強したがるのです。

新しい分野の場合、ベテランと新人との差が絶対的なほどの格差になっていません。新人登用は、そうめずらしくなくなっています。その時、どうしたらよいのか。ほんのちょっとしたヒントで、成功している若者が何人もいるのです。私は楽観的になっています。