■鹿島茂による自著『馬車が買いたい!』の解説:『思考の技術論』から
1 「馬車が買いたい!」というコンセプト
前回言及した鹿島茂の『思考の技術論』は500頁を超える大著です。しかし技術論のように方法を語る場合、シンプルでないと、本人しかよくわからないことがでてきます。少なくとも、そんなプロセスでは考えないだろうと思うところが出てくるでしょう。
最初に示されたデカルトの4原則で推し進めていくのは、無理がありました。実際、しばしばそこから脱線していきます。この本の中で、自分の著書『馬車が買いたい!』について語った部分がいちばん興味深いところでした。本人による解説ですから貴重です。
鹿島はフロベールから、バルザックの専攻に転じています。バルザックの俗物性と観察者の同居に心惹かれます。自分に似た要素があることを利用して、「馬車が買いたい!」というコンセプトを見出すまでの経緯を、この本で自ら記しているのです。
2 「地方の青年、パリに上る」
バルザックは自分の著作『人間喜劇』を「風俗研究」「哲学的研究」「分析的研究」に分け、さらに「風俗研究」を細分化しています。鹿島は、とりあえず「パリ生活情景」で行くことにしたのですが、別の分類「地方の青年、パリに上る」が良いと思ったのです。
小説の主人公の中には、「地方の青年、パリに上る」の例がいつくもありました。こうした類似とともに、差異にも目がいきます。それで、これは表面的な分け方で、根源的な分類になっていないと感じたのです。それで、主人公たちを比較検討しました。
見出した共通の特徴は、最小限のリソースを用いて最大限のゲインを「いきなり」手に入れようともがく野心的青年というイメージというものです。ただ、これはイメージの絞り込みにすぎません。明確なコンセプトになっていませんでした(以上 pp..451-454)。
3 コンセプトの明確化と連想
鹿島は、資本主義的な欲望にとらわれる主人公たちが、[何かを「買う」という行為、あるいは「買いたい」という願望によって象徴されるのではないかと思いつきました]。彼らが[買うことに一番執心した]のは、[自家用馬車です](以上、p.454)。
コンセプトは「馬車が買いたい!」に定まりました。その結果、[バルザックの小説以外にもこうした欲望をもった主人公がいるということ]に気がつきます。[コンセプトの明確化で連想が働きやすくなり、サンプルに厚みができた]のでした(以上、p.454)。
ここからさらに、[馬車が階級的・社会的弁別のためのドーダ記号となっていることを]加えます。[「馬車こそが、優れて階級的な文化であったフランス文化の特質をもっとも端的に表している事物(オブジェ)だった」と考えたからにほかなりません](p.461)。
鹿島は、この最後の観点が抜けていたら、[そもそも私は本を書く意味がないとさえ感じていたのです](p.461)。この本で、鹿島は自著を素材に、いかに本を書いたのかを解説しています。本人の解説だけに、この部分は技術論を超えた、貴重な証言です。
