■講義内容を考える指針:教育プログラムに対するドラッカーの指針

 

1 「10パーセントの生徒をつかまえる」こと

学校の先生でなくても、企業で教育を担当する人ならば、悩む問題があると思います。どういうテキストを使って、どういうプログラムを組むべきか、成果を上げる内容と方法をどうするかという問題です。実際に行って、成果を判断していくしかない面があります。

具体的に、どういうテキストにするかということだけでも、簡単に決められないと思います。ただそれに先立って、考えるべき点がありそうです。ドラッカーの『非営利組織の経営』(原著:1990年刊)に印象的な言葉があります。しばしば思い返す言葉です。

▼新米の先生は皆、私のところへ来て「何をしたらよいか」と聞いたものです。私はこう答えました。「上から10パーセントの生徒をつかまえることだ。彼らが離れていけば、他の学生も離れてしまう。上から10パーセントがやる気を起こして勉強すれば、平均的な学生もついてくる」。もっと下の方の学生については、神に祈るしかありません。しかし、上から10パーセントにやる気を起こさせることができなければ、全部を失います。(上田惇生・田代正美 訳:1991年)

現在の日本で、[もっと下の方の学生については、神に祈るしかありません]という考えはなかなか採れないだろうと思います。実際のところ私自身も、なるべく全員に何らかの満足があるようにと考えて、ささやかな工夫を重ねてきた気がします。

 

2 「つかまえる」条件

ある頃から、「上から10パーセントの生徒をつかまえること」というドラッカーの言葉が、改めて気になっていました。具体的にどうしたらよいのでしょうか。「つかまえる」という言葉がややわかりにくいのですが、講義をする人なら、何となく分かります。

話を聞いたり、演習や実習を行う人が、欲しいものを得たときの、満たされた、解ったという表情をするのに気づくことがあります。ああ大丈夫か…と思う瞬間です。こういう場面がなくては、参加者は「やる気を起こして勉強」することにはなりません。

相手の欲しいものがこちらから提供できた場合、相手はこちらの話をつかまえます。「いただき」とか「ゲット」と言いたくなるような、これだというモノに出会うことがあるはずです。それらを提供することが「つかまえる」条件の一つなのかもしれません。

自分から何かをつかもうとする人のことを、ドラッカーは「上から10パーセントの生徒」と表現したように思います。最初から意欲的な人が半数を占めることなどありえないでしょう。少数にならざるを得ません。1割というのはいい数字かもしれません。

焦点を当てるのは上位10パーセントだとしても、その人たちが[やる気を起こして勉強すれば、平均的な学生もついてくる]ということになります。成果を上げるためには、やる気のある人たちにエンジンになってもらって、引っ張ってもらうことが必要でしょう。

 

3 「平均的な学生もついてくる」の指標

やる気のある人が1割だと想定すると、よく言われる「2・6・2」(優秀・普通・それ以下)の比率とは違ったものになります。「優秀」というのと「やる気のある」というのでは違いますから当然のことですが、それだけ一歩前に踏み出した人が対象です。

前提を甘くしてはいけないということだと思います。講義で成果を上げようとしたら、1割という間違いなくやる気のある人たちが満足するように、焦点を絞って実施すること。ドラッカーの提言は講義をする側にとっても、焦点が絞りやすい指針です。

たとえばアンケートでの評価が低かった人への対応を重視して講義をすると、全体の評価が下がります。逆に目標を高めに置いてメリハリをつけた内容にしたほうが結果としてアンケートの評価が上がるのです。ドラッカーの言うことは正しいと感じます。

アンケートにもよるでしょうし、どれだけ正確かは、わかりません。5段階評価で5は形式的には「大変良い」になりますが、実際にはせいぜい「良い」程度でしょう。4の「良い」が実質的に「普通」だろうと思います。どうしても「5+4」を気にしがちです。

しかし5の中でもとくにやる気ある人に絞って考えることによって、講義で中核とする内容が絞れるはずです。結果としてアンケートなら5の人が半数から6割に達すればひとまず合格でしょう。私の場合、それを「平均的な学生もついてくる」の指標にしています。

 

4 追記:「神に祈るしか…」と感じる場合

講義と成果は講師と受講する人との協働作業です。講義をする側の努力が必要なのは当然のことですが、それと同様に講義の質は、受講する人たちに大きく依存します。受講する人の質の高さが基礎になくてはアンケート結果が高くなることはありません。

参考にしているところの講義では、講義後、質問のために残る方々が必ずいます。その人たちの質問とやりとりからすると、何とか理解したいという人の割合がかなりあると感じていました。こちらがその思いに十分応えていないのではないかという反省があります。

「5」(よい)と感じる人の割合が高すぎるという声もありました。そうかもしれません。それは受講する人たちの質の高さでしょう。ポイントとなるのは、同じ人間が講義をする場合でも、焦点の当て方で受講する人の満足度が大きく変わるということです。

それまで5段階評価の「5」の割合が2割3割のこともありましたが、特に手を抜いていたわけではありません。それが焦点の当て方を変えたら、評価が上がったのです。「5」が6割になったことも何度かありました。受講者のおかげです。慢心は許されません。

この場合でも、残り全員が「4」の評価になるとは限りません。3や2や1の評価の人が出ることもあります。全員5と4にするのはむずかしいことです。こういうとき、「もっと下の方の学生については、神に祈るしかありません」と感じることがあります。

 

【お知らせ】
 

カテゴリー: OJT・教育用マニュアル パーマリンク