■読み書きを重視する理由:外山滋比古『「読み」の整理学』を参考に

 

1 読む側の問題

公的研究機関の評議委員会での話を、外山滋比古が『「読み」の整理学』で書いています。言語、文章、国語などの権威者が集まって、昼食をとりながらの歓談中に、一人がワープロのマニュアルがわからないと言い出したそうです。よくある話です。

はじめの評議員が、
「技術者は技術のことにはもちろん詳しいでしょうが、文章の書き方を知らないのです。自分達にわかっているから、一応のことを説明すればわかると思っているのでしょう。正しく、わかるように書くことを教えないといけません。ああいうマニュアルは欠陥品です」とやる。

最後は国語教育の不備という話になった、と外山は書いています。しかし、<マニュアルがわからないのは、読む側に読む力がないからである、と言った人はいない>とのこと。この種の人には、読み方が不十分であるとの謙虚さがない、と外山は批判しています。

<わからないところがあれば何度も読み返し、実地に機械をうごかしてみて、動かすことができるようになる>のが普通です。<知らないことを文章で知るのは、マニュアルに限らず、つねに困難である>…との指摘は、その通りだろうと思います。

 

2 平明に具体的に…の陥穽

無意味に難解な文章を書くのは、ナンセンスなことですが、その一方で読む側の努力や能力が落ちている点は問題です。<戦後の出版界において、平明信仰は、具体的に書くのを至上の要請とした>との外山の指摘は大切でしょう。

かなり専門的な刊行物であっても、<原稿の依頼には、「なるべく例をたくさん入れて、具体的にお書き願います」といった注文がつく>、<抽象的ということばには、よくないこと、というニュアンス>がある…と。これは問題です。

外山は、既知を読むのを「アルファー読み」、未知を読むのを「ベーター読み」と名づけています。既知の部分から類推、補足しながら未知の部分を理解して行くのが、一般的な読みだということになります。ところがベーター的要素が排除されすぎているのです。

 

3 限定用法と精密用法

イギリスの社会言語学者バジル・バーンスタインが、言葉を「限定用法」と「精密用法」に分けて、教育への影響を論じた…と外山は紹介しています。親しい仲間内で用いる省略の多い言葉と、論理的で文法的にも一層整備されたフォーマルな言葉の違いです。

アルファー読みは「限定用法」的であり、ベーター読みは「精密用法」的です。人間の文化が築かれ、<その伝承の作業である学習において、ベーター読みが不可欠のものであることは、強調されすぎることが難しいほど重要であろう>…というのが外山の指摘です。

グローバル化した世界で通用する文章は、論理的で文法的にも一層整備された文章です。それが書けなくてはいけないのです。その前提として、読めなくてはいけません。いま強い組織ほど、読み書きに取り組んでいるのは、こうした背景があると見るべきでしょう。

 

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