■論文の書き方:川島武宜『ある法学者の軌跡』から(その2)
1 研究の手順を教える
前回紹介した『ある法学者の軌跡』で、川島武宜は言います。<私は、どういう風に研究の作業を進めて論文を書いたらよいのかということについて、初歩的知識すら持っていませんでした。そういうことを私に指導してくれる人はなかったのです>。
そのため、川島は試行錯誤しています。初めは、<読んだことについて片っ端からレジュメを作ろうとしました>が、「日暮れて道遠し」でした。メモの整理も、<いろいろなメモをあとになって整理しようとすると、その整理が容易でないことに気がつきました>。
川島は言います。<初めて学問をする人、つまり学問上の蓄積のない人が学問をするときには、どういう方法や手続きでやっていったらよいか、という研究の手順を教えることが、ほんとうは必要ではないかと思います>。企業でも同じかもしれません。
2 基礎力なしには飛躍できない
能率的に学問を身につけられないのは、<研究生活のはじめの時期には学問的蓄積がないから>です。実力がないことが<最大の障害なのです>。<カードにとったものを整理できない>のは、学問的蓄積がないからです。基礎力なしでは、誰も飛躍できません。
実力をつけるには、基本的な知識や考えを蓄積することが必要です。それができてくれば、<それにつれてカードを整理していく能力も出てくると思います>。では、どうすれば実力がつくのでしょうか。川島は「カードよりサブノートを」と言います。
<試験勉強のときのサブノートのような-形のレジュメを作って積み上げていく>と、<ある程度それがたまってくる頃には、頭の中で少しずつ問題が整理されてきます>。構造が見える形式でノートを作り続けると、基礎が形成されてきます[ノートの作り方]。
3 新しいものを示す段階
この基礎力をもとに、<頭の中に思い浮かんだことを片っ端からカードに書くという仕事を無限にたくさんやって、それを整理していく>こと、これなしに<何か新しいものを学会に示す>ことはできません。ノート作りに加えて、カード作成の段階に進みます。
メモ用紙を持ち歩き、思いついたこと参考になることを、<その場ですぐメモ用紙に書く>ことが重要です。<すぐその場で書き留めておかないと、忘れがちになります>から。こうするうち<或るテーマについての自分の構想>がだんだん出来上がってきます。
ただ、<ある程度の構想ができたと思った段階でその輪郭を文章にしてみたところ、関連する新しい問題が続出してきて、構想も少しづつ変わりました>。いきなり書いてはダメなのです。まとまらなくて、結局、全部書き直しということになりかねません。
4 書けるかどうかが判定基準
書き始める前に、<構想のアウトラインを文章にしてみること>が必要です。アウトラインを書いたら、本を読み、研究を進めて行き、<この程度ならば書きはじめてもたぶんそう大きくは狂わない>と思ったら、<本式に文章を書き始める>という手順を踏みます。
こうやって書き始めても、<途中でどうしても筆が進まなくなることがあります。書くべき内容は大体頭の中にできているにもかかわらず>書けないのです。この乖離についての川島の洞察は、文章が書けない人に対する大切なメッセージになるはずです。
文章になるのは、頭の中で明確に理解され整理されていることだけなのです。文章というものは、頭の中の構想そのものなのであって、頭の中に論理ができ上がっていない、内容がはっきり整理されていないときには、文章にならないのです。ですから、文章がすらすら書けないときには、それはまだ考えが足りないのだと思わなければならない。
頭の中にあるものが書くべき内容かどうか、その判断は、書いてみないとわかりません。書けないのは、書く準備が出来ていないからでしょう。<筆先でごまかして>も、この<苦労を実際にしていた人が読むと><すぐわかってしまいます>。厳しいものです。