■山中伸弥の思考:『山中伸弥先生に、…聞いてみた』から
1 プレゼン力の重要性
iPS細胞の「i」は、<当時、流行していた携帯型デジタル音楽プレイヤーのiPodにあやかりました。自分で発見して名付けた遺伝子の名前が使われなかった過去の苦い経験から、なるべく覚えやすい名前にしたかったからです>と、山中伸弥は言います。
同じ内容でも、名前や説明がよくないと使われなかったり、理解してもらえません。<アメリカで身につけたプレゼン力が、その後、僕を何度も窮地から救ってくれることになります>…と『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』にあります。
山中教授は、日本にいた頃から、発表に対する苦手意識があって、UCSFでプレゼンテーションのゼミを受けて学んでいます。<プレゼン技術を身につけるだけでなく、研究手法や思考方法を見直す上でも非常に役に立ちました>。何が大切なのでしょうか。
2 ビジョンとハードワーク
プレゼンで重要な点は、<スライドの一枚ずつにわかりやすいつながりがなければならないという教えです。「実験でこういうことがわかった。だから次にこういう実験をした」というような説明の仕方をしろということです>。
仮説を立てて、それに向けて実験を重ねたとしても、きれいに一直線には進みません。失敗をしながら進んだ道筋を、整理して、きれいな流れにすることが大切です。スタートがあって、ゴールがここです…というルートを見せる必要があります。
最初のゴール設定が大切なのかもしれません。研究所の所長ロバート・メーリー先生が、<研究者として成功する秘訣はVWだ>…と言ったそうです。Vision(ビジョン)とWork hard(ハードワーク)のことです。私たちは、しばしばビジョンを忘れます。
3 細胞の設計図から思うこと
分化した体細胞を、初期化して受精卵に近い状態に戻すというビジョンの実現には、遺伝子の複製が前提となります。山中教授は、京都そっくりの都市を作る事例で説明します。必要な土地、十分な作業員、網羅的な設計図がある場合、どうすべきでしょうか。
作業員に設計図を渡すとき、(1)該当箇所のみを渡す方法と、(2)全部を渡して必要箇所に印を付ける方法が考えられます。(1)は必要な箇所のみで済むため、効率的に見えます。しかし、(2)が現実でした。哺乳類も、各細胞に体全体の設計図をもっていました。
人間性と関係があるのでしょうか。シュルは『機械と哲学』で、<仕事の全体を見渡すことのできる人たち>が減り、分業化が進むとき、<目撃者であったアダム・スミスは、それが労働機能を低下させる性格のものであることを見抜いていた>と書きました。
人間は、該当部分の作業手順を示されるだけでは、モチベーションが上がらず、人間本来の創造性が発揮できません。細胞の複製の仕組みが、そのまま人間の仕事のあり方に当てはまるように思えて、不思議な感覚を味わいました。