■日本語の骨格について

1. 文章日本語の成立

司馬遼太郎と桑原武夫が、「“人工日本語”の功罪について」という対談を、行っています。1971年1月号の「文藝春秋」紙上とのことです。『日本語考』(潮出版社)という本に収められています。すばらしい対談です。

まず桑原武夫が重要な指摘をします。明治維新が言語にも大きな影響を与えたことを言い、「例えば、手紙を書くにしても候文ではまずい、言文一致でいこうということになる」と語ります。

対する司馬遼太郎は、候文がすたれてから、論理的表現能力のある「文章日本語」が出てきたと指摘します。それは「第二次大戦後に確立したのではないでしょうか」とのこと。ここで言う文章日本語とは、どんなものでしょうか。

日本語の場合、「かつての漢文と、今では英語などがつねに照応していて、軟骨かもしれないけど、骨格らしいものができている」と指摘しています。この司馬遼太郎の指摘は重要な指摘だと思います。

そのおかげで、「むつかしい哲学でも科学でも自国語で書ける」と桑原武夫が指摘する通りです。現在日本語で、学術論文もビジネス文書も書けます。それは戦後になってからのことだということです。まだ文章日本語は歴史が浅いのです。

フランス文学者である桑原武夫は、フランスの例を挙げています。「フランスでは、十七世紀にデカルトが現れるまで、学術論文は全部ラテン語で書いていました。それをデカルトが頑張って『方法叙説』をフランス語で書いた」と。数世紀の歴史がありますね。

いまだに文章の本がたくさん出されるのも、「文章日本語」が歴史の浅いものだからでしょう。司馬はこの対談で、日本語には文法がないと言っています。文章が書けるという意味の文法ですね。

 

2. 助詞の整理・合理化

日本語の文章の骨格が「軟骨かもしれないけど」というのは、面白いですね。英語なら、「主語+動詞」が骨格を形成していますから、軟骨ではありません。はっきりした骨格です。日本語の場合、「骨格らしいもの」というのは、言いえて妙です。

司馬が言う、「かつての漢文と、今では英語などがつねに照応していて」というのは、漢文や英語の影響を受けて、文章日本語が形成されてきたということでしょう。

ただ古代から現代に至る日本語の歴史を知らなくとも、言葉を獲得する人たちを見るならば、日本語に言葉のルールが存在することは確信できるでしょう。ルールがある限り、何らかの骨格らしきものは形成されます。それが明確になってきたということでしょう。

では、日本語では何が骨格らしきものを作るのでしょうか。語順と品詞の組み合わせにルールがあるなら、きちんとした骨格になりますが、日本語の場合、言葉の系統が違います。語句が貼り付けられて連なって文が作られますから、語順は不安定です。

品詞に頼ることも限界がありそうです。日本語の場合、動詞は助動詞の接続によって、意味が大きく変わります。品詞をもとにルールを作ると、大きな例外が出てくるリスクがあります。そうなると、貼り付け役の糊である助詞が大切であるということになります。

第二次大戦後に文章日本語が確立したというのは、戦後になって、助詞の使い方が確立したことだと、私は考えます。助詞の使い方に合理的ルールが出来て、論理的表現能力が獲得されたと解釈しています。

かつての「が」と「の」が、現在と違った使い方だったのは、ご存知だろうと思います。今も痕跡を残しています。「我が家」と「私の家」などです。さまざまな助詞の使い方が整理された結果、骨格が浮き出てきたということでしょう。

 

3. 内容と意味をきめる助詞

骨格を考える場合、助詞の接続の仕方が、語句の機能を決めていくという点に注目すべきです。「を」が接続する場合、その語句は行為に結びつくことになります。同じ語句であっても、接続する助詞によって、機能が変わります。

たとえば「ピアノを」と接続したら、そのあとに行為が続くはずです。「ピアノが」と接続したら、ピアノについての状態や情景の表現が続くはずです。

ここに出てきた助詞「を」が接続した語句は、どういう内容をもった語句でしょうか。5wでいうならば、「who…誰」か「what…何」のどちらかになります。ここでは、「何を」=「ピアノを」となります。

たとえば、「when…いつ」を示す語句には、「を」の接続はありません。「8時を」という言い方をしません。助詞は、接続する語句の内容を決め、述部がどんな意味になるのかを決めることになります。

文章日本語の骨格らしきものは、主要な助詞の接続が支えていると言えそうです。主要な助詞というのは、骨格を形作るときに、大きな役割を果たす助詞のことです。具体的には、「は」「が」「を」「に」「で」が中心になると思います。

主要な助詞ごとに、その性質やルールを発見したならば、そこから読み書きの文法が生まれる可能性があるのではないかと思います。