■自分の体験から考える素材を見出すこと:なぜか焦るような気分になる格差現象

      

1 格差社会になっている予感

日本が今後、いま以上に格差社会になっていくことは、避けられないのかもしれません。まず目の前の現象だけを見ても、講義を受ける人のなかでの格差が大きくなってきました。しかし受講を本人たちが決める講座でのことですから、全体像は分かりません。

意欲のある若者が増えている一方で、いささか困ったような人も、まだ危機感もなしに、高い自己評価を維持している場合があります。会社でも、それで認められているのでしょう。成績が明確に点数化されて公開されない限り、実力差は気づきにくいものです。

こんなことは現象に過ぎません。もう少し理屈で考えると、たぶん若いうちの実力差が大したことなくても、歳とともに実力差が拡がるということは間違いないでしょう。目の前のことが気になるのは、若者たちの実力差が広がってきている気がする点です。

     

2 能力低下をもたらす生成AIの安易な利用

今年に入ってから、多くの企業で生成AIの利用が拡大しました。基本となる読み書きを鍛えないまま、生成AIで文書が簡単に作れると言って、これを利用する組織があります。その結果、文書が増えました。読み切れないので、生成AIで要約しよう…となります。

読み書きの能力が低下するのは、言うまでもありません。学生の場合、これは目に見えるくらい、低下していきます。大学の先生たちは、この件に関して危機感を持ちやすいはずです。周囲を見て、危機感を持ったり、チャンスだという若者も出てきています。

私が講義で格差を感じるようになったのは、生成AIの利用が、今年から急拡大した結果の反映なのかもしれません。目の前で、あれよあれよという間に状況が変わってきた印象があります。若いのに、この差があると、この先は大変なことだ…という感覚です。

     

3 自分の体験から考える素材を見出すこと

印象だけですが、格差が広がってきたなあと感じさせる現象が顕著になったのは、今年度、2026年の5月か6月からです。まだ、そんなに前からの話ではありません。だからこそ、いまからなら、何とかなるのかもしれないという思いがあります。何だか心配なのです。

学生や卒業生たちに、資格試験を受けてみたらとか、自分の得意分野を発信したらと言い出しているのも、自分を鍛えるきっかけになると思ってのことです。資格を取っても、特別なことは起きないでしょう。しかし勉強した結果、合格するという経験が大切です。

何かリスクを負って、それを獲得するために努力するなら、戦略とか、方法とか、精神の制御とか、時間管理とか、こうした付随した洞察を生むのではないかと思います。自分の成功体験を振り返って、あれが結果として戦略になったということもあるでしょう。

少なくとも自分が体験した中から、考える素材を見出せるようにしておかないと、差がつけられます。実際のところ、他人ごとではないのです。先輩方が奮闘しています。それだけの、長年の蓄積がありますから、たぶん成功するでしょう。私も焦りだしています。