■日本語におけるリズム感の重要性:素読という方法について

    

1 声に出して読めることの重要性

今ではほとんどなされなくなった素読という方法がありました。声を出してテキストを読む方法です。このとき意味がわかっている文章ではなくて、読み方がわかるだけのテキストを使っています。意味がわからなくても、読むことは確かにできるでしょう。

素読の方法はかつて、日本の教養ある人々の基礎訓練だったと言われます。意味がわからなくても、読むことに意味があるのでしょうか。不思議なように思いますが、音に出せるということが非常に大切なのは確かです。声を出すと、読めることが確認できます。

少なくとも、失語症の方々とかかわっていた経験からすると、読み方がわかるということが、非常に大切です。文章のリズム感と言うべきものがなくなってしまうと、文章が読めなくなります。読めるようになると、意味がわかってくることがしばしば起こりました。

     

2 読みと意味の理解を分離するアプローチ

素読というのは、読めることと、意味がわかることをあえて分離して、読めることを優先させる方法だろうと思います。脳の言語機能をつかさどるのは、ブローカ野とウェルニッケ野です。前者がアウトプットをするための言語野、後者は理解の言語野になります。

二つの言語野が連携して、読み書きができるようになっています。読めないと、理解が進みません。まず知覚したことを理解することによって、意味の把握がウェルニッケ野でなされます。それを言語化してアウトプットをするのがブローカ野の働きです。

自分の理解したことが、言葉になることによって、自分でも検証ができるようになります。言葉を介して、自分の理解をフィードバックしているということです。文章のリズムを習得することが重要だという発想が、素読という方法のエッセンスだろうと思います。

     

3 日本語はリズム感を重視する構造

英語の文章の場合、主語がありそのあとに述語動詞が続く構造です。語順が重視されます。日本語の場合、文の構造は、形式的に見ると、英語のように構造化がきっちりなされていません。何となく頼りなさそうに見えます。形式的な構造化よりも、リズムが大切です。

実際のところ、英語でもリズム感が大切なのだろうと思います。しかし、日本語の場合、感覚的なものの習得が、際立って大切な要素になっているようです。素読の場合、音にして、確実に読めていることを繰り返し確認し、習得を確実にさせる方法といえます。

日本語には、七五調といった長さのリズムがありますし、ある種の調子が大切です。どんな助詞がつくかによって、言葉の意味が大きく変わります。文の骨格の目印となるのが助詞です。主要な助詞は、たいてい一音からなり、その組み合わせがリズムを作ります。

日本語の文構造のありかたが、リズム感を重視させるように方向づけしたのです。その結果、素読という方法が定着したのでしょう。文章をチェックするとき、ときどき声に出して読んでみると、こうだと、わかることがあります。リズム感が大切なのです。