■河野六郎の「用言複合体」と「体言複合体」:『日本語の歴史7』から

     

1 圧倒的な実力者が作ったシリーズ

『日本語の歴史』シリーズは、1960年代のものですから、ずいぶん古いものではあります。しかし、いまでも最先端の議論だと思うところのある本です。不思議な気もしますが、編集の中心が亀井孝、執筆者に河野六郎がいますから、当然の結果かもしれません。

飛び抜けた実力者の作った本には、古くならない飛躍した核が生き続けることがあるようです。『日本語の歴史7』には、「用言複合体」という用語が出てきます。このシリーズでは各人の執筆部分は明らかにされていませんが、ここは河野六郎以外に書けません。

[たとえば、否定を示す接辞「ナイ」は、どの用言にでも]規則的につきます(p.47)。「行かない/見ない」などの「ナイ」をかつて助動詞と呼びましたが、[これらの接辞が助動詞(auxiliary verb)でないことは明らか]です(p.48)。こうした矛盾があります。

      

2 用言複合体という概念

①[動詞のこのような構成は、単語と考えるにはあまりに複雑である](p.48)
②[<助動詞>として一つの品詞とみなすことは確かに構造上無理ではある](p.48-49)
③[ある種の独立性と規則性を持っていることもたしかである](p.49)

河野はこうした矛盾点を明確化します。[用言のこういう構造を構造としてみるときは、それは一つの単語とするよりも、むしろ<用言複合体>とでもよぶべき]です。単語でなく、[一つの語幹に半独立的な接辞をいくつも膠着させてできあがる]複合体です(p.49)。

[この複合体は、単語と語群(syntagma)の中間、しかも特殊な意味を持つ単位]ということになります(p.49)。用言複合体は[文の最後に位置する](p.58)か、[副文の最後にくらいする](p.59)ものです。こうした基盤ができると、ずいぶん理解が楽になります。

     

3 体言複合体と用言複合体の関係

用言複合体の考え方が成立するなら、体言複合体も成立するでしょう。体言複合体には、[属格助詞「ノ」による二つの体言の結合の場合と、連体文+体言から成る複合体の場合がある](p.58-59)ということになります。これらの重複も考えられそうです。

たとえば「私の本を購入する人」を分解すると、「私の本」だけならば、前者の体言複合体になります。さらに「私の本を購入する」が連体文ですから、「私の本を購入する人」は後者の体言複合体です。後者のいう「体言」の中に「ノ」も含めたいと思います。

「私の本を購入する人を・見ました」ならば、体言複合体+用言複合体になるでしょう。これは「私の本を購入するのを・見ました」と同じ構造と考えられます。そして、「体言複合体+助詞」+「用言複合体」というのが、原則的な形ということになります。

河野は、文末が用言複合体で、その前に「体言複合体+助詞」が置かれる原則を、[用言複合体を限定する体言または体言複合体は、孤立的に、または、助詞を伴って用言複合体を限定するものとして、その前に置かれる](p.58)と記しました。優れた見解です。