■経済学の教科書をつくったアプローチ:経営学とは前提の違う学問

     

1 サミュエルソン『経済学』の意義

経済学は定量化を進めて、数式で理論構築ができるようになっています。サミュエルソンは『経済学』で、古典派の経済学とケインズ経済学を統合して、経済学の教科書を作り上げたとのことです。小室直樹は『経済学をめぐる巨匠たち』で以下のように記します。

▼ヒックス教授が発見した比較静学の理論を完成させたのは、天才サムエルソンである。1948年に出版されたサムエルソン博士の『経済学』は版を重ねながら世界で1000万部を超えるベストセラーとなり、ヒックス教授より一足早くノーベル経済学賞を受賞した(1970年)。近代経済学におけるサムエルソン博士の貢献・功績は計り知れない。 p.208

マーシャル『経済学原理』から半世紀後、[ケインズの『一般理論』出版からわずか12年―まだ両派の議論が紛々する中、サムエルソン博士は若干33歳にして学究の礎石となる教科書を刷新](p.224)させ、[経済学が革命的大変化を遂げた](p.226)のでした。

      

2 体系化ができていない経営学

マネジメントの領域では、こうした教科書は、まだ存在していません。ドラッカーが『現代の経営』を出したのが1954年、『マネジメント』を出版したのが1974年でした。日本では、二つの著作が今でも読まれています。しかし教科書という存在ではなさそうです。

経済学の場合、いまや数的な処理によって、理系科目というべき存在になっています。まさに社会科学というべき学問です。こういう学問は、経済学だけかもしれません。経営学の領域では、こうした体系化は今のところ、うまくいっていないようです。

営利組織のマネジメントに限定した場合、そこでは経済学と同様、指標としてマネーを使うことができます。マイケル・ポーター『競争の戦略』は、経済学からのアプローチによる論考とのことでした。しかし、ポーターの本も教科書と扱われることはありません。

    

3 経済学のアプローチと経営学

経済学の場合、小室の言うように、マクロ分析の視点をケインズが示し、そこからサミュエルソンが[新たな分析のツールを生み出し、誰にでも使える形で提示した](p.226)のです。しかし、経営学の分野では、経済学のように数式化することはできずにいます。

サミュエルソンは、経済社会を単純モデル化しました。[先ず「政府」がない。「外国」もない。そこには「時間」もなく「全員が経済人」で「商品は一つしかない」とされている](p.227)のです。こうした単純モデルが作れるのは、経済学の特徴でした。

[現実が複雑であるからこそ極端に単純化したモデルからスタートし、徐々に変数を追加して複雑にしてゆく](p.229)アプローチが採られました。経済政策を実施するのは国家であり、政府が独占的に行使するものです。単純モデルを作る条件がありました。

企業経営の場合、各社が自由に戦略を立て、自由競争によって成功と失敗を重ねていきます。単純モデルで数式化するアプローチは使えません。経済学でも市場の動向によるものは、制御も予測もほぼ不可能です。経営学は別のアプローチをとるしかないでしょう。