■日本人の「現場主義」の弱点:人体を描くときのアプローチの事例から

    

1 モデルなしで写実的に描けるか?

物事をとらえるのに、私たちは、どうやっているのか、そう簡単には分かりません。過程は、そう簡単には分かりませんが、結果ならある程度分かります。成果物があるからです。成果物から見てみると、考え方やアプローチの仕方に問題があることに気づきます。

ヴァンダーポールの『人体=画家のための描写法』につけた上昭二の「訳者あとがき」を読むと、日本人の弱点を見せつけられる気がしてきます。1975年の本ですから、もう50年前の本です。しかし、たぶん状況は大きく変わっているとは思えません。

▼訳者が、かつてある美術大学の学生にモデルなしで人物の全身立像を写実的に描くよう求めたとき、100名近い学生のうち、その殆どがなんとも人物らしからぬ人物を描いたことがあった。もし解剖学の知識があれば、曲がりなりにも人物らしく描くことは容易なことである。 p.139

      

2 解剖学の知識は不要だという風潮

目の前にあるものなら描けるのに、何もない状態で人物を描くと言われると、お手上げになるのです。よく見て描くようにという指示は、しばしばなされます。ある種の「現場主義」です。しかし「現場主義」も、基礎知識がなくては、それが活きてきません。

[いつもモデルを前にして描くから解剖学の知識は、持っていても生かされず、それどころか不要なもののように扱われる風潮ができあがってしまっているように思える](p.138)というのです。これは、最近の美大出身者を見ても、変わらないように思います。

余計な知識なしに、そのままの現実を見て、それを描くことが正しい方法、アプローチだという発想があるようです。しかし人体には、共通の骨格や筋肉のありよう、標準的な形態があります。それを無視したほうが良いという発想は、正統なものではありません。

     

3 基礎知識の欠如と「現場主義」

日本人が現場主義を言い、マネジメントの基礎知識もないままに、こうしたほうが良いという傾向があるのは、何となくお感じのことでしょう。どうやら作画に対するアプローチばかりではないようです。ヨーロッパの画家たちは、どうしてきたのでしょうか。

▼ヨーロッパ美術の伝統的な人物画の作画方法は、どんなに写実的な作家でも実際のモデルを終始目の前に置いて描くのではなく、最初におびただしい数のエスキースを描いて対象を研究した後で、モデルをはなれて作画するというのが一般にとられている制作方法らしい。したがって、人体解剖学の知識は彼らにとって不可欠の条件であった。 p.138

こちらが正統なアプローチだろうと思います。「現場」を無視するわけではありません。しかし「現場」をみるだけで終わりにしない、ということが大切です。それに先立って、[基本的な人体の構造に関する知識](p.139)を、身につけておく必要があります。

よく観察することと同時に、基本的な構造を身につけておくこと。その知識が有利に働くことは間違いありません。書物の知識は役に立ちます。それが基礎です。「現場主義」を主張する人に、知識欠如を感じたことがあります。日本人の弱点かもしれません。