■言葉の習得は自然にはいかない:サピア『言語』から

     

1 社会と言葉の学習

アッと思って、サピア『言語』の最初を読んでみました。昨日書いたことのいくつかが、書かれています。この本は、ごくわずかだけ読んでみただけで、まだよく読んでいないのですが、よっぽど印象に残ったのでしょう。しばらく信じられない気持ちでした。

▼ことばは、人間にとって歩行と同様に自然であって、ただ、呼吸よりは自然でないように思われるだけだ。けれども、こうした、ことばの自然さが幻想にすぎないことは、ちょっと考えただけで納得がいくのだ。ことばを習得する過程は、ありていに言えば、歩行を学習する過程とはまるで別種の事柄である。 p.13

歩行の場合、[伝統的な社会的慣習の総体がーー本格的にからんでくることはない]し、[人間は、歩行するべく予定されている]のです(p.13)。[社会を取り去ったとし]ても[歩行を学習する]はずですが、言葉の習得は[絶対に学習しない]でしょう(p.14)。

     

2 生成AIと人間の読解力

おしゃべりを習得した後、もう一度、文章を書くときに、言葉と向き合うことになります。ここでのトレーニングが重要です。いま、生成AIの急速な進歩の中で、読解力が問題視されはじめています。生成AIは読み取り、聞き取り、読解が不得意です。

生成AIが進歩したとしても、読解力のある人間よりも高い能力を身につけることは困難でしょう。言葉は、自然の習得でなかったものの、初期の段階では受け身でした。これを意識してトレーニングする必要があります。文法的なルールを確認することが必要です。

サピアは『言語』のはしがきで、[私は、言語学会で用いられている術語は大部分避けているし、専門的な記号はいっさい使用していない](p.10)と書いています。1921年に出版された本でした。シンプルな文法体系を作る場合も、同じ方針になるはずです。

     

3 古くならないお見事というしかない名著

サピアの『言語』については、千野栄一が『言語学の開かれた扉』に書いています。[サピアの『言語』ぐらい評判のいい本はめずらしいし、また、事実一読してみて、実にお見事としかいいようのない名著である](p.251)とのことでした。さらに以下が大切です。

▼1921年に出版されてから、著者の生前ついに改定されることのなかったこの本が、今日の立場から眺めてみても少しも古くならないのは全く驚くべき現象で、かつてサピアと並び称されたブルームフィールドの『言語』が著書の半分ほどで古さを感じさせ、ソシュールの『一般言語学講義』ですら、たとえソシュール本人の罪でないところがあるにせよ、いまとなっては古く感ぜられるのとは大きく異なっている。 p.251

どうやら[サピアは『言語』一冊で完全に自分の持つもの凡てをはき出してしまったかのように見える](p.252)ということです。じつは、この本をきっちり理解するのは、思いのほか大変そうでした。しかし魅力的な本ですから、もう一度、取り組みます。

前回8月の講義の話をしたのも、これが特別に大切な講義だからでした。今回の講義は読み書きだけでなく、生成AIの利用にも資する内容です。すでに勉強会で効果を確認していますが、講義で成果を確認したいと願っています。ご興味ある方がいらしたら幸いです。

     

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