■論語「為政第二」の「吾十有五にして学に志ざす」の解釈:吉川幸次郎と宮崎市定
1 吉川幸次郎の書簡
論語をきちんと読みたいという人たちが、たくさんいます。私もその一人ですが、そう簡単にいきません。定番の一つは吉川幸次郎の解釈のものでした。最近では、宮崎市定のものも注目されています。この点、宮崎市定全集の月報に面白い文章がありました。
「為政第二」の「吾十有五にして学に志ざす」について、吉川解釈と宮崎解釈は違います。『宮崎市定全集 第6巻』の月報8「宮崎史学の辺境から」で、藤縄謙三(ギリシャ古代史)は、吉川から届いた書簡について引用していました。その最後が以下です。
▼論語については宮崎貝塚 ともに歴史家なるに由 奇説多き感じ 古代の原義はしばらくおき 中国人民が普通に読み伝えてきた解釈については まず誰よりも小生の注 ごらんのこと p.3:宮崎全集月報8
2 プラトン『国家』を援用した藤縄謙三
宮崎市定の最終講義「論語と孔子の立場」で、論語「吾十有五にして…」への言及があり、[孔子は五十歳を頂点として、むしろ能力の衰えを感じ、それを述べているのだという]宮崎の新解釈が示され、吉川・貝塚(茂樹)は[複雑な表情]だったとのことです(p.2)。
藤縄は[敢て素人の感想を述べさせて頂く]と言い、宮崎解釈に疑問を呈します。[老人が体力や学習力の衰えを感ずるのは当然のことであるが、その一方で洞察力や思慮の深まりを自覚することもあ]り、[その折々の気分によっても左右され]るでしょう(p.3)。
宮崎は論語から別の言葉を引き、それを傍証とします。しかし、プラトン『国家』にも、人は老いてから学ぶことは困難なのだと言う一方、[老齢のおかげで肉欲などから解放され、平穏な心境に達した]とある点から、宮崎解釈法の無理を示唆しています(p.4)。
3 人事を尽くして天命を待つ心境
藤縄は、先の老齢の平穏な心境を「心の欲する所に従って矩を踰えず」の境地だと言い、孔子も[肯定的な意味で語りえた]と推定し、[私の素朴な言語感覚]でも、ここは[どうしても良い意味に響くのである](p.4)と、吉川らの伝統的解釈を良しとしました。
吉川論語では、「六十にして耳順ふ」は[むやみに反発しないだけの、心の余裕を得た]、七十にして[自己の行動にも、真の自由を得た]とあって、しかし[抽象に過ぎて][よくわからないものをも含んでいる]とあります(p.33 朝日新聞・中国古典選版・上)。
『論語の新しい読み方』で宮崎は、孔子が晩年[自分の一生を振り返り、六十、七十になると自分はすっかり気力が衰えてきた。しかしながら十五のときに学に志し][五十になって天命を知った]「人事を尽くして天命を待つ」心境に達したとするのです(p.122)。
どちらか正しいのか、当然ながらわかりません。宮崎も[私が考えるだけでありまして、実験して証明することはできない][時間がやがて決着をつけてくれる][と信ずるより外はありません]と語っています(p.127)。宮崎有利に見えますが、さてどうでしょう。
