■すぐれた日本古代史の基本書:井上光貞『日本国家の起源』

     

1 「後出の研究ほど有益」…ではない

日本古代史については、以前に書いたことがあります。資料が少ない中で、いかにより正しい姿を描けるのか、そのアプローチが興味深くて、関心があるのです。この場合、新しい情報、見解ほど正しいというわけではありません。その点、ビジネスにも通じます。

かつて宮崎市定が、「七支刀銘文解釈」の最後に、参考文献を並べたうえで、[自然科学の場合には、後出の研究ほど有益であるのを常とするが、本研究のような場合はそうでなく、福山論文が最も基礎的で頼りになった]と記しました(『古代大和朝廷』所収)。

福山論文は昭和27(1952)年のものです。宮崎の論文が昭和57(1982)年のものですから、当時からすると、30年前の論文になります。それ以降のものよりも、30年前のものが優れていたのです。常識からすると、変な感じもしますが、実際にはよくあることでしょう。

     

2 日本古代史の基本書

現在、日本古代史の基本書として何が良いだろうかと考える時、思い浮かぶのは、井上光貞『日本国家の起源』です。昭和35(1960)年に出版されています。もう70年近く前の本ですが、とても充実した内容です。基本はここに書かれている感じがします。

教科書的でありながら、専門書といえるレベルの高い水準の本です。邪馬台国論争について、「一 中国史書から見た日本」に記されています。60頁弱のなかに、基本的なことはすべて書かれているのではないかと思われるほど、きれいに整理されています。

邪馬台国の大和説の発展を論じるところで、[北九州から大和にいたる航路は瀬戸内海を経由するとみなし]でいたのが、[記紀の所伝をみると、かえって山陰を経由するものが多い]と指摘して、[特に注目すべきは笠井氏の見解で]と記しています(p.52)。

     

3 笠井新也についての記述

笠井新也は、卑弥呼を[ヤマトトヒモモソヒメ(倭迹迹日百襲姫命)とし卑弥呼の大冢を三輪に近い箸墓にあてた]研究者です(p.53)。近年、考古学的な研究が進んで、笠井説は主力な見解になってきています。井上は、「笠井新也」に注を付けていました。

▼『邪馬台国は大和である』考古学雑誌、1922年。笠井氏はその後晩年に至るまで研究をつづけ、大著「邪馬台国の研究」となった。未発行であるが、令息の倭人氏のご厚意で拝見できた。以下はそれによる。 p.223

簡潔な記述ですが、1922年の論文だけでなく、その後の未発行の本のエッセンスを伝えているのです。いずれ出版されるかもしれませんが、現時点では見ることはできません。井上の本が、ポイントを押さえたものであったことは、この件からもわかります。

当然ながら、1960年に出された本ですから、古い点は隠しきれません。しかし、様々な見解を簡潔で明確な記述で示していること、さらにその変遷がきれいに整理されている点、他にない存在と言ってよいでしょう。すぐれた基本書の事例としても参考になります。