■『イノベーションと企業家精神』の背景:一流の物書きだったドラッカー
1 カットが多い名著集の『イノベーションと企業家精神』
ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』という本が好きだという人が、かつてはかなりいました。いまは、あまり読まれないのかもしれません。ドラッカーという名前を、知らないという人が多くなっていますから、当然の流れとも言えます。
それでもまだ、ドラッカー名著集の『イノベーションと企業家精神』は現役ですから、長く読まれている本だと言ってよいでしょう。しかし、この名著集版は、かなりの部分がカットされたものです。きれいに編集されていますので、なかなか気づきません。
原著出版と同じ1985年に、日本語版が小林宏冶監訳で出ています。ここには日本語版への序文も、「プロローグ 企業家経済」もついていました。全体で450頁を超えていた本が、名著集では300頁強の本になっています。出版当時の様子が、わかりにくくなりました。
2 小林監訳版にあるドラッカーの注
第16章「総力戦略」に、[最近、経営戦略が流行し文献も多く出ている](p.248:名著集)とあります。小林監訳版には、1980年に出た[M・ポーターの『競争戦略』][が最も有益である]との注がついていました。巻末には「参考文献」もついていたのです。
[マッキンゼー社の二人の研究所、リチャード・E・キャブナとドナルド・K・クリフォード・ジュニアによる非公開の論文”Lessons from America’s Mid-Sized Growth Companies”]を上げ、[新著を発表することになっている]と紹介しました(p.448)。
この論文についてドラッカーは、[既存の企業における企業家精神に関するもっとも鋭い論述]と評価しています。1985年に出版され、翌年、大前研一訳で『ウイニング・パフォーマンス』の題で日本でも発売されましたが、意外にも話題になっていません。
3 一流の物書きの実力
『ウイニング・パフォーマンス』の第3章が「ゲリラ戦略」になっています。ドラッカーに先んじているようです。この章には、「ニッチ市場の創造と支配」「正しいニッチの発見」もあり、『イノベーションと企業家精神』に影響を与えたと推定されます。
「ゲリラ戦略」で、[「ビジネス戦略」は、多くの重要な点で「軍事戦略」にその源を発している]と記していました。両者の違いについて、軍事は本来、勝ち負けがあるが、ビジネスは[「勝ち勝ち」ゲームになることも少なくない]と注を付けています(p.75)。
この本についてボルドリッジ米商務長官は、「イノベーションの創出について、これほど見事に書かれた本は読んだことがない」と称賛していますが、読みにくい本です。いまから見ても、ドラッカーの本はお見事という感じがするほど、上手なまとめ方でした。
1980年以降、企業戦略やイノベーションの研究が進んでいったことが感じられます。ドラッカーは、その先頭に立とうとして、『イノベーションと企業家精神』を書いたようです。急いだためか未完成という感じもありながら、一流の物書きの実力を示しています。
