■ポスト資本主義の基盤:ドラッカーとファーガソンの分析
1 マンデヴィルの思想
ポスト資本主義という言い方がなされました。いまは、あまり言われません。資本主義が前面に出なくなったためでしょう。かつての資本主義ではなくなっているということです。ではかつての資本主義とはどんなもので、ポスト資本主義はどんなものなのでしょうか。
これはドラッカーが1993年に『ポスト資本主義社会』を書くよりも、およそ40年ほど前の1954年の『現代の経営』に書いていたことでした。その最後の章「マネジメントの責任」の「リーダー的存在としてのマネジメント」に書かれています。
マンデヴィルが[当時到来した新しい商業時代の精神をその有名な言葉、「私人の悪徳が公益となる」と要約](選書版・下 p.316)し、[「資本主義」が、マンデヴィルの思想に基づいたものであったことが、物質的成功の原因の一つ](p.316-317)とみなしました。
2 ポスト資本主義社会の思想
ドラッカーは[彼が正しかったか間違っていたかは、もはや今日、まったく意味がない。そのような考えによっては、社会は永続しえない][公共の利益は常に個人の美徳の上に実現されなければならないからである](p.316)と、資本主義の思想を否定します。
かつての資本主義が生まれ変わって、[あらゆるリーダー的存在が、「公共の利益が自らの利益を決定する」と言えなければならない]。これが[リーダー的地位にあることの唯一の正当な根拠である]ということです(p.316)。これがポスト資本主義にあたります。
そのエッセンスは、組織が社会に存立するときに私益を優先すれば、その組織の存立が危うくなる社会が、ポスト資本主義社会だということです。「私人の悪徳」によって反映することが許されなくなる社会ということになります。現在では当然のことでしょう。
3 ニーアル・ファーガソンの分析
では、なぜ資本主義は成立し、繁栄したのでしょうか。ニーアル・ファーガソンは『劣化国家』に「債務とイギリス人ーマンデヴィルが言いたかったこと」という節を設けています。そこで、マンデヴィルの詩『蜂の寓話』に言及して、その意味を示していました。
▼マンデヴィルがこの詩で言いたかったのは、適切な制度を備えた社会は、そこに暮らす人々が不品行を働いたとしても、繁栄できるということだ。18世紀のイギリスを、世界のほとんどの国よりも豊かにしていたのは、聖書の教える徳ではなく、ひどく世俗的な悪徳だった。 p.46
適切な制度を備えた社会の成立は、ノースとワインガストの画期的な論文によると、[1689年以降は、議会が税制を支配、改善し、王室の支出を監査し、債務不履行を事実上禁じた]こと、議会の代表の多くが[資産家階級だった]点にあるとのこと(p.48)。
債務不履行や、恣意的な課税がなくなれば、資金の借り入れが急速に容易になります。これが[イギリス社会の制度が、貯蓄、投資、技術イノベーションを優遇した](p.46)ということです。ポスト資本主義社会でも、優れた制度が必要だということになります。
