■ドラッカー『エッセンシュル版 イノベーションと企業家精神』について
1 部分部分で光る記述のある本
ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』は、わりあい人気のある本でした。ドラッカーを読む人にとって、大切にしている本になっているはずです。ところが私は、7つの機会を並べても意味がないと思いました。いまでも、その考えに変わりはありません。
そんなこともあって、エッセンシュル版の『イノベーションと企業家精神』が出ているのは聞いていましたが、手に取ることはありませんでした。名著集のものも、一部をカットしてありましたから、必ずしもまとまりの良い本ではなかったはずです。
今回、エッセンシャル版を読むことになりました。名著集と比較して、上田惇生がどこをカットしたのかを気にしながら手に取ったのです。この本には、部分部分で光る記述があります。それを読もうとする場合、エッセンシャル版のほうがよさそうです。
2 初等教育を普及させたイノベーション
エッセンシュル版になると、ずいぶんすっきりした感じがします。とはいえ、もともとのページ数から、それほどカットしているわけではありません。体系的に論じられているとは思えませんが、大切なところはすべてここにあるといってよさそうです。
例えば、初等教育を普及させたイノベーションについて、[17世紀半ばのチェコの偉大な教育改革者ヨハン・アモス・コメニウスによる教科書の発明]をあげます。[教科書があれば、平凡な教師でも一度に30人から35人の生徒を教えることができる]のです(p.8)。
ここから、現代の私たちの知識習得について、考えが及びます。教科書を超えるレベルのことも、受験参考書によって習得可能になりました。かつての名著と言われていた参考書が、ここ何年かでリバイバルしています。それくらいレベルの高いものがありました。
3 イノベーションは技術よりも経済・社会にかかわる用語
ドラッカーの教科書についての指摘を発展させると、受験参考書は、教師なしで学べる書物として、偉大な発明だったことになりそうです。大学の講義を書物にしたものの場合、大学の講義を聞くよりも、もしかすると効率的な知識習得の道具になるかもしれません。
ドラッカーは[イノベーションとは、技術というよりも経済や社会にかかわる用語である](p.10)と指摘しています。私たちは技術的な革新に目が行きがちですが、簡単な道具でも、使い方まで含めた仕組みを考えることが、大きな変化を生むかもしれません。
すでにあるものを、どう使ったらよいのか、さらにその使い方に合わせて、すでにある道具を変化させていくことも、革新を生むということになります。使い方の仮説があって、その使い方をしてみて、そこから変化を生み出すというコースは、実際的・実践的です。
ドラッカーはイノベーションを生む第一の機会として「予期せぬ成功と失敗を利用する」と書いていました。これがエッセンスでしょう。仮説があるからこそ、予期せぬ事態が生じます。『イノベーションと企業家精神』には、たくさんのヒントがあるのです。
