■歴史家のエッセンス:木村尚三郎『ふりかえれば、未来』から

       

1 歴史家による時代の一筆書き

木村尚三郎の『ふりかえれば、未来』は、1989年から1992年に雑誌や新聞に書いたものを集めたものです。いまから見ると、いささか困ったものもあります。それは仕方ありません。政治経済については専門外ですから、その分野のものには興味がありませんでした。

しかし歴史の一筆書きには無視できないものがあります。詳細な歴史記述を読む楽しみもありますが、専門家がさらりと歴史の流れを書いてくれるものも貴重です。木村が亡くなってもう20年になります。日本経済がバブルのころ、先生はひどく冷静な態度でした。

あの頃の歴史の振り返りが、一番切れ味が良かったかもしれません。この本の中でも「クラシックの精神」、「ルネサンスはなぜイタリアから起こったか」の二つの記事は、1989年に掲載されたものでした。バブルのピーク時に、「悪い時代」の話をしているのです。

      

2 生き方・ものの考え方に対する研究

「クラシックの精神」では、[クラシックの時代が訪れつつあるのではないか]と言い、クラシックとは[クラスで一番上等なもの]で[人々が学び、そしてそれを肥やしにして今日に活かす]つまり[稽古に値するもの]という意味だと指摘しています(p.27)。

クラシックへの[大きな需要が最初に起こったのは、十四世紀、十五世紀のイタリア・ルネサンスのとき]でした(p.28)。十分な穀物の供給ができず、さらにペストが拡大したときに、[いろいろな地域の物や情報が商人によって流布されていった]のです(p.29)。

イタリアでは[昔のローマ、あるいはギリシアの人たちの生き方、ものの考え方を勉強しようという機運が猛然と湧き上がり、人間の生き方、ものの考え方に対する研究、すなわちヒューマニズムの研究が盛んにな]ります(p.29)。クラシック時代が始まったのです。

       

3 花開いたイタリア・ルネサンス

「ルネサンスはなぜイタリアから起こったか」でも、14、15世紀は「低成長期」で「疫病の時代」だと言い、将来のはっきりしない時代に、人との交流で[知恵を交換し合い生きる術を得]ようと人々が各地を行き交い(p.142)、ペストを拡大させたと指摘します。

[情報の交流によって、ヨーロッパ各地で知的エネルギーが湧き起]りました。フィレンツェ、ジェノバなどの「都市」が[交流の拠点]となり、[より大きな知的エネルギーとなって噴出した]ことが[ルネサンスのきっかけとなった]ということです(p.144)。

そのとき[「今日をどう生きたらいいか」という人間の生き方を研究する機運が高ま]り、それが[古代ギリシア、古代ローマの歴史を掘り起こして、現在の人間の生きたかを研究する]方向に進みます。ルネサンスとは[過去の掘り起こし]のことです(p.145)。

金融資本家になった富豪たちが[「今日を美しく生きる」ための文芸や絵画、彫刻などを後援した]ために、イタリア・ルネサンスが花開きます(p.146)。バブル期の日本を、木村は[「セカンド・ルネサンス」の入り口に立っている](p.147)と記したのでした。