■倒置による強調と助詞による強調

       

1 倒置による強調

文頭に出された言葉は、何となく目立ちます。文頭にあるものは、強調とか前提確認のように、注意した方がよい言葉になりうるということです。逆にいえば、目立たせるべき言葉は文頭に出すということになります。これは日本語に限ったことではありません。

漢文でも英語でも、目立たせるべき言葉を強調するときに、その部分を文頭に出します。例えば、「For what I then saw, I have no words.」などは、倒置による強調です。「その時見たものは、言葉に表せない」という感じの日本語になるでしょう。

本来、「I have no words for what I then saw.」となるはずのものが、「for what I then saw」が前に出て、この部分が強調になっています。標準形ならば、「私は、その時見たものを、言葉に表せない」といった日本語になるのでしょう。

      

2 日本語の語順と強調

もともと日本語の場合、英語のように語順が厳格に決まっていません。先の「私は、その時見たものを、言葉に表せない」という文にしても、別の語順に替えることは簡単にできます。「その時見たものを、私は、言葉に表せない」としても、おかしくありません。

「私は…」を(1)、「その時…」を(2)とすると、(1)の方は、主体者の私が前に出ていますから、これが標準的な語順だろうと思います。(2)のように、主体者ではない「その時見たものを」という言葉が先に来れば、こちらの言葉が目立つことになるはずです。

日本語でも、文頭に来れば目立つ、強調になるという原則は生きています。これに対して、(2)の「その時みたものを」を、「その時見たものは」にしたら、言葉の順番は変わらなくても、ニュアンスが変わってくることに、多くの人が気づくでしょう。

       

3 助詞「を」と「は」の違い

今まで出てきた3つの文をもう一度見てみましょう。これによって、日本語の場合、言葉の並べ方と助詞の変化によって、言葉の強意が変わってくることが分かるはずです。その言葉を前に出すと強調になり、助詞「は」をつけると、その言葉が強調になります。

(1)「私は、その時見たものを、言葉に表せない」
(2)「その時見たものを、私は、言葉に表せない」
(3)「その時見たものは、(私は)言葉に表せない」

(1)は標準的な言葉の並べ方です。主体者が示され、構文の必須要素であるキーワード(「その時見たものを」と「言葉に」)が並び、文末の「表せない」と結びついています。(2)の場合、(1)よりも、「その時見たものを」が目立つように感じるでしょう。

(3)では、「ものを」が「ものは」になって、より一層目立つことになります。「を」よりも「は」の方が派手に目立つ目印です。このとき主体の「私は」を目立たせる必要はないので、これを欠落させます。主体が欠落する場合、主体は「私」であるのが原則です。