■ルネサンスとは何だったのか:後からつけられた名称

      

1 ギリシャ・ローマがお手本

木村尚三郎は『文化の風景』で、[ルネサンスの時代は、開墾運動がストップし、ペストが流行った、先行き不透明の、暗い時代]だったため、[人は過去に生きる知恵を求め、過去の掘り起こしに情熱を傾け、過去に意外な新しさを見出](p.166)したと記します。

過去というのは、過去の書物のことです。本にお手本を求め、そのお手本となる本がクラシックと扱われます。それらは古代ギリシャ・ローマの書物でした。一般には、ルネサンスの時代は、14世紀、15世紀のイタリア、16世紀の西ヨーロッパとされています。

しかし今道友信の『西洋哲学史』によると、14世紀以降のものを近世ルネサンスと呼び、12世紀から14世紀前半までの期間を中世ルネサンスと呼ぶそうです(p.162)。トマス・アクィナスはアリストテレスに学びました。これは中世ルネッサンスに該当します。

     

2 プラトニズム復興とダ・ヴィンチやミケランジェロ

近世ルネサンスの時代のイタリアに[マサッチョという十五世紀前半に流星のごとくあらわれて優れた絵画を描いた人が]出ました(『西洋哲学史』 p.186)。その後、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが続いて現れます。

皆、フィレンツェの人達です。[フィレンツェにメディチ家の後援によって建てられたプラトーン・アカデーミア](同 p.186)が、[プラトニズムの復興](p.187)を成し遂げます。この新プラトン主義は、ダ・ヴィンチやミケランジェロに影響を与えたようです。

この点について、『西洋美術への招待』では、以下のように記述されています。[レオナルドとミケランジェロとの共通点のひとつは、全盛期以来の知的風土において強い影響力をふるった新プラトン主義およびヘルメス主義思想への親炙にある](p.147)。

      

3 「暗黒時代」とルネサンス

ルネサンスという言葉は、18世紀末に名づけられ、19世紀に定着したもののようです。12世紀から14世紀を「暗黒時代」と名づけたのはヴォルテールのようですが、これは間違いでした。ルネサンスについて、もう一度調べてみないといけないと思いました。

「暗黒時代」があったからこそ、ルネサンスという対照的な時代がやって来たという話になったようです。ところが第二次大戦後のフランスで12世紀、13世紀の発展に注目が集まって、当時の人達がローマ時代から学んでいたことがわかってきました。

ルネサンス期に開花したものは、すでにこの「暗黒時代」に萌芽があったのです。今道友信の『西洋哲学史』でも、この時代を中世ルネサンスと扱っていました。しかし当時の人達は、自分達の活動がルネサンスだとは思っていません。あとからの解釈によります。

プラトンの思想が、どんなふうにダ・ヴィンチやミケランジェロなどに影響を与えたのか、まだピタッとしたところがわかりません。個々の偉大な活動が、あとからルネサンスという全体像になっていったようです。もう少し考えてみないといけないと思います。