■西洋美術史はどこまで遡ればよいのか:田中英道と堀米庸三の見解

     

1 ローマ美術が基礎

『西洋美術への招待』の「イントロダクション」で田中英道は、[西洋美術史をどの時点からはじめるのか、大きな問題である](p.1)と書き出しています。洞窟画などの原始時代にまで遡るべきか、ギリシャ美術史からはじめるべきか…という問題です。

田中は[ギリシャの美術はアポロン像をはじめ、ほとんどがローマ時代のコピーによっていたことが明確になって]いると指摘します。[ギリシャ美術がヨーロッパ美術の出発点であり、理想でもあった、という理論]は西洋人の自負の反映でしょう(以上 p.1)。

田中は[ローマ文明こそヨーロッパ美術の基礎となるもの](p.1)であり、[近代のフランス、イギリス、イタリアを中心とした西洋美術史を書くのなら、ローマ美術から書くことが必要](p.2)です。しかし直接的な影響を考えると、もっと新しいことになります。

      

2 ゴシック美術の重要性

ゲルマン民族の移動によりローマ帝国が解体され、言語も宗教も変わりました。周囲のイスラム教諸国に学んで新たな国が建設されます。[近代のイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの諸国はここ十二、三世紀の国家の歴史をもつにすぎない](p.2)のです。

この頃、[ゲルマン民族のキリスト教化にともなう、新たなヨーロッパ文化の誕生があった]ことになります。その結果、[偶像崇拝を禁じたイスラム美術の創造性が、その禁止を説いたキリスト教美術に移し替えられ]、[人間像が登場してきた]のでした(p.3)。

13世紀から15世紀の[「ゴシック」美術こそまさしく偶像美術の完成であった]ということです。[フィレンツェやシエナではジョットやシモーネ・マルティーニなど革新的な画家が生まれるようにな]り、15世紀以降、イタリア・ルネサンスが花開きます(p.4)。

      

3 古典古代史がヨーロッパ史の第一章をなす理由

田中は、直接的な西洋美術の発展は、ゴシック美術からだと言い、しかし一方で、西洋美術史を書くときに、ローマ美術から書くべきであるとも記していました。これはどういうことでしょうか。矛盾するようなお話ですが、田中は、この点について書いていません。

『西洋と日本』の「ヨーロッパとは何か」で、堀米庸三は「ギリシア・ローマの古典古代史はなぜヨーロッパ史の第一章をなすか」を問うて、この点に答えています。[古典古代が発展して中世になり、中世が近代を生んだ]のでは「ない」点が重要です(p.46)。

堀米は[本来のヨーロッパ史は中世から始め]ることを指摘します。ギリシャ・ローマ史は「古典古代史」と総称され、ヨーロッパ史と独立して扱われてきました(p.48)。[古典古代とヨーロッパとは相互に異質的]で[一つづきの時代ではない]からです(p.50)。

しかし[ヨーロッパ世界が一つの世界たるためには、地中海古代史]が必要でした(p.51)。ヨーロッパの成立を[二つの古代地中海世界の伝統的権威に結びつける]権威主義のためです。西洋美術史の場合、ゴシック美術まで遡れば十分ということになります。