■個展を見た後に思い出した学者の話

      

1 ガッカリした個展

知り合いの画家が個展を開催して、たくさんの絵が売れていました。絵を教えている人ですから、教え子にあたる人たちが購入してくれたとのこと。コロナ騒動も落ち着いて、ここ数年、絵が売れるようになっています。このこと自体は、よいことです。

ところが、こういうときこそ、リスクがあります。何人か、こういう人を見てきました。売れる絵を描き出すのです。そして、本人はそのことに気がつきません。絵が売れますから、すごいですねという評価になります。自分の絵が確立してきたと考えがちです。

特別に親しいという程でもないので、ひどく冷静に絵を見てきました。ああ、営業活動か…というのが正直なところです。懐かしのメロディという感じの、以前にも見たような、つまらない絵が並んでいると思いました。ずいぶん本人とは感じ方が違うはずです。

     

2 売れる絵に対する評価

何で、こんなに感じ方の差があるのかと思います。自分の感性に、自信満々というわけではありませんので、差しさわりのない人に、率直な意見を求めたところ、やはり同じなのです。絵が古くなったという表現をしていました。売れる絵を描いているのです。

ところが、また別の画家に聞いてみると、非常によかった、何枚も売れてたよ、売れっ子になってきたよね、ということでした。ネガティブとポジティブの評価の違いがありますが、売れる絵を描くということに対しての、考え方の違いになっているようです。

以前、大家といわれた画家とお話をしたときにも、個展を開いてくれる人たちに損させてはいけないから、自分の勝負を賭ける絵を描くだけでなくて、自分で納得できる水準を維持した上で、売れる絵も描く必要があるというふうな話をしていました。

      

3 残る仕事との比較が必要

大家の場合、勝負を賭ける絵の方がポイントなのですが、こんな器用なことはできないという画家もいます。やはり売れるというのは、画家に安心を与え、本人の評価基準に影響を与えるようです。同時に、よほど意識していないと、その影響に気づきません。

これは画家に限った話ではないでしょう。なかなか難しい問題です。たまたま歴史の先生と、ずいぶん前に、同じような話をしたことを思い出しました。研究の分野では、売れる売れないは関係ないようですが、一般向けの本が売れることがあります。

本が売れるのは、良いことですが、ずっと売れるだけの水準の仕事というのは、そう簡単にはできません。高い目標になりますが、歴史に残る成果や業績と比べて、自分の仕事を冷静に検証するしかないということでした。成果との比較が大切ということです。

圧倒的な成果のみが本物で、それ以下のものは、基準にもならないという話でした。厳しすぎて萎縮しそうですが、それでも畏怖の念を抱くことは必要でしょう。生産性が落ちないように気持ちを強く持ちながら、緊張感をもっていけたらと思いました。