■好景気と名君:政治の良否と景気の波について 宮﨑市定『中国史』から
1 ビジネス環境の厳しさ
昨年来、サービス業はあまり景気のよい話ばかりではなくなっていました。今年に入ってから、その傾向が明らかになってきた感があります。メーカーやIT企業の方はまだ強かったのかもしれません。しかし、徐々に苦労しだしている感じを持ちます。
業務を見直すチャンスのはずですが、その動きがまだ、いま一歩という感じです。実際のところ、余裕があるときの方が、業務の見直しを進めやすかったのは確かでしょう。日々の対応に追われながら、必要に迫られて改善案を出すのはなかなか大変です。
現在の石破内閣になってカクンときたのではなくて、その前の岸田内閣時代からいま一歩の感がありました。政治はあんまり関係ないという人がいますし、ビジネス人が政府頼みでは仕方ないのも確かでしょう。しかし経済政策の影響はやはり大きなものです。
2 政治の良否が景気の波と一致
個々人の努力は必要ですが、もう少し大きく見ると、やはり景気の影響は無視できません。宮﨑市定は『中国史 上』で、景気変動と絡めて歴史を語っています。[政治の良否が経済の景気の波と一致する傾向がある](p.78 岩波全書版・上)と指摘しています。
▼中国の近世は宋代において殆んど完成に近い域に達しながら、それ以後は稍(ヤヤ)停滞の傾向を示すようになった。その根本的な原因は、経済上の好景気がそのままに永続しなかった為とみられる。 p.76 岩波全書版・上
何が起こっていたのかといえば、[富の偏在による上層階級の奢侈生活、これに伴う政治の腐敗、地方人民の反抗気運の醸成などである](p.76)。景気は下降に向かい、次の元王朝でも[不景気風を支えることができずして滅亡に陥った](p.77)のでした。
3 治世とは好景気、乱世とは不景気
ここで注目すべき点は、[宋以後近世に入って、景気変動の周期は前代に比べて、はるかに短くなった]点です。[宋以後は凡そ一王朝の長さが景気の一周期を形成する]ようになり、[その後いよいよ短くなり、最近に至っては数年で一周期]となります(p.78)。
これは[それだけ社会の動きが速くなったことを示すもの]です。ただ、政治による積極的な経済政策が意識されていないため、[好景気の時代には政治が効果を挙げ易く][暗愚な君主が在位しても、その欠点が取りざたされることが少な]かったのでした(p.78)。
したがって、[名君によって治世が生まれ、暗君によって乱世が始まるのが歴史の法則のように考えられてきたが、じつは治世とは好景気のこと、乱世とは不景気の別名なることが多い]のです(p.79)。自然災害等の外的影響力が、徐々に小さくなってきました。
21世紀に入って、ますます好景気を作った政権が高く評価されるようになります。経済政策による介入効果が明らかになってきたからです。いまや景気を上向かせることが、政権の基盤になります。世界も日本も、大きな変動が予感される局面にきたようです。