■経済学と福祉国家:富永健一『社会変動の中の福祉国家』から
1 ドイツの近代的な社会保障制度
富永健一『社会変動の中の福祉国家』(2001年刊)を読んでいます。文章は明確で面白い本です。しかし面倒なことになるかもしれません。扱われている内容からいって、この本だけで話が済みそうもないからです。どこまで理解できるか心配しつつ、楽しんでいます。
たとえば[ドイツ型の先進諸国に先んじて近代的な社会保障制度を創設したのは、1871年の統一から1890年まで帝国最小の地位にあったビスマルクの主導によってであった]とあります(p.94)。1890年のビスマルク失脚後も、制度は改定・拡充されていきました。
1918年にドイツ革命が起こり、ヴァイマール共和国が成立します。[帝政ドイツで作られた社会保障制度は継承されただけでなく、さらにいっそうの拡充をみた]のです(p.95)。ナチス政権を経て、ドイツは東西に分裂し、西ドイツは飛躍していきます。
2 社会的市場経済政策
西ドイツの奇蹟的な経済復興を達成したときに[経済再建の主導理念とされたのがエアハルト経済相(1963-66年首相)によって推進された「社会的市場経済」政策]です。これは市場経済原理を基礎にして、[国家が市場の外から干渉を加える]政策でした(p.96)。
経済原理には「統制経済」と「市場経済」があります。ドイツでは、これに加えて[社会的に抑制された市場経済](p.99)が主張されていました。市場経済は、[もっぱら需要と供給の度合いによって価格を決定する]原理です。これに経済的目的を設定します。
[経済的目的を付与し、そのような社会的制御を担うのは経済政策](p.99)だという考えです。経済政策の中に、社会政策の要素が加わります。「社会的」な「市場経済」という[「社会的市場経済」は、二つの異質な要素を結びつけたもの]でした(p.100)。
3 各国での福祉国家理念の導入
以上のような[日本ではあまりよく知られていない戦後ドイツの福祉国家の理念が、英米の新古典派の経済理論と異なる社会学的要素を含んだ経済学に依拠するものであることを、私は経済社会学の立場から重視したい]と、富永は記しています(p.100)。
▼マルクス経済学から福祉国家の理論が出てくる余地はなかった。これに対して近代経済学は、市場の一般均衡を数学的に証明することを中心テーマとする新古典派経済学を主流とするもので、思想的には古典派経済学の「夜警国家」思想を受け継ぐものであったから、これまた福祉国家の理論を生み出す余地はなかった。 p.101
ドイツの経済学が、どんなものか知らずにいました。現在でも経済学の教科書は、圧倒的にアメリカ製のものが主流です。英米の経済学とは違ったドイツの経済学は、注目されることがありませんでした。スウェーデンのミュルダールの経済学が知られる程度です。
しかしベースになる経済学が異なっても、福祉国家の理念は導入されていきました。序で富永は、[イギリスではそれが第二次大戦直後に実現されたのに対して、日本では1961年の国民皆保険・皆年金の実現までに15年を要した]と記します。興味深い内容です。