■文章のお手本にもなる西洋絵画の手引き:高階秀爾『名画を見る眼』
1 ルネッサンスから十九世紀まで
高階秀爾『名画を見る眼』は岩波新書のロングセラーです。「あとがき」で言うように、[先輩の導きや先人たちの研究に教えられて、同じ絵を見てもそれまで見えなかったものが忽然と見えて来る](p.189)ことがあります。この本での高階は、見事な導き役です。
1969年の出版ですから、もっと新しい解説本が出ています。しかしこの本には、ただの手引書以上の効能があるのです。高階はおよそ10頁で一項目を記しています。そのまとめ方は、お手本とするにふさわしい出来栄えです。内容だけでなく、文章が参考になります。
この本が扱う[ルネッサンスから十九世紀まで][ファン・アイクからマネまでの四百年]の間に「西欧の絵画はその輝かしい歴史の一つのサイクルが新しく始まって、そして終わった」のでした(p.190)。15人・15作品の解説を通じて、この歴史が見えてきます。
2 クールベ「アトリエ」の寓意
たとえば、クールベの「アトリエ」の解説を見てみましょう。絵の中心にはクールベとモデルと子供の三人がいます。その周囲に、なぜか二十数人が描かれているのです。高階は[いったい何のためにここに集まっているのだろうか](p.163)と問題を提起します。
クールベは、この絵にもう一つの題をつけていました。「現実的な寓意・わが七年間の芸術的生涯の一面を決定するわがアトリエの内部」という題名です。クールベは[単に「目に見える」だけではなく、彼自身よく知っているもの]を主題にしました(p.167)。
この絵でクールベは[「社会」を描こうとした]のです(p.168)。左半分には、社会の「悲惨」や「商業活動」「宗教」「余暇」などを寓意する人々を描き、[右手の方には、クールベの芸術を理解し、支援する人々が集められている]のでした(p.169)。
3 われわれを魅了する「寓意的な現実」
クールベの場合、[鼻っ柱の強さと、当時の市民社会を告発するような社会主義的作品のために]反逆者ともみなされましたが、[しかし、表現技法の上から言えば、彼の作品は、まだまだ伝統的であって、決して反逆者でも革新者でもない](p.172)のです。
高階は言います。[クールベは、思想的には急進派であったが、画家としては、ルネッサンス以来の絵画の表現技法を集大成してそれを徹底的に応用した伝統派であった](p.172)。彼の[「寓意」などは、今では何ほどの興味も呼びさまさない]のです(p.173)。
かわりに[裸婦をはじめ、制作中の風景画や、後ろ向きの少年、狩人のそばにいる猟犬などは、その力強い実在感と絵具の肌の輝きによって、われわれを魅了してやまない]のです。「現実的な寓意」を描こうとして、「寓意的な現実」を描いたのでした(p.173)。
現実の描写に魅力があったため、本人の意図とは別に[クールベは、それによって救われたのである](p.173)と、高階は締めくくります。クールベは魅力的な画家でしたが、本物の変革者ではありませんでした。ひと項目だけでも、読ませる内容になっています。