■芦部信喜『憲法』の「はしがき」:簡潔にポイントを示す高橋和之
1 納得のいく内容になった1999年版
憲法の基本書の定番となっているのが芦部信喜『憲法』です。NHKの放送大学テキストだった『国家と法Ⅰ』という入門書の傑作をベースにして一般向け教科書にしたものでした。初版が1993年に出され、最新の第八版が芦部信喜生誕百年の2023年に出ています。
1999年に75歳で亡くなりました。その後の第三版からの「はしがき」を高橋和之が書いています。第三版には、1999年の[新版補訂版に至り、先生自身も、ようやく納得のいく内容にすることができたとの感慨を漏らされたよし、聞いている]と記していました。
第五版はしがきでは、[ドイツの判例・学説において広い支持を得るにいたった比例原則の考え方に依拠して芦部説を批判する議論]がある点、[最近特に注目される]とあります。芦部の死後、[ドイツの憲法訴訟論は目を見張るほどの発展を遂げ]たのでした。
2 憲法訴訟論に対する考え方
高橋は[憲法訴訟論の領域は、芦部先生が最も大きな功績を残された分野]だと言い、[アメリカにおける憲法訴訟論の研究に支えられたものであった]点を指摘します。[日本国憲法がアメリカ型の付随審査制を導入したこと]からすれば当然のことでした。
芦部の[憲法訴訟論は、今日においても通説的地位を保ってい]ます。その後、ドイツ憲法訴訟論は[ドイツ憲法裁判所の重要判例が集積され、裁判所と学説との交流のなかで]発展し、その[研究も飛躍的な発展をみせ]ました。高橋の以下のコメントは大切です。
▼芦部先生が、ドイツ型の比例原則に接しられたならば、どのように考えられたのかは、想像の域を出ないが、まず両者の違いを明確に理解しようとされたであろうことだけは間違いない。両者の違いを理解した上で、日本においてはどのような審査方法がよいかを考えていく以外にないのである。
3 9条は政治的マニフェスト
第七版のはしがきで、高橋は重要な点に言及しています。今回の補訂について[最後まで悩んだ問題]があったのです。[芦部先生が最晩年に九条解釈の変更を考えられていたかもしれないことを知った]ためでした。1995年の講演においてのことです。
▼先生は九条と自衛隊の存在という矛盾をどう解決するかを悩んだ末に、従来九条を法的拘束力のある規範と考えてきたが、むしろ「政治的マニフェスト」と考える説を検討すべきかもしれないと述べられたという(法律時報90巻7号72頁参照)。
この講演より後の1999年版で[従来の見解はいささかも変更されていない]ため、高橋は[事実をこのはしがきに記して、読者の参考に供するに留めることにした]と書いています。芦部信喜もそうだったのか…といったところでしょう。当然の流れです。
自衛隊違憲論はもはや成り立ちません。[平和主義の理念を将来にわたって内外に発信していくためには、九条を改正するより条文として残した方がよい]と考えるなら、政治的マニフェスト説になります。高橋の「はしがき」は簡潔にポイントをついているのです。