■概念を明確にすることのむずかしさ:町田健『日本語文法総解説』から

     

1 正確な定義を試みる

少し前に日本語文法書の「決定版」という言い方で出版された本がありました。町田健『日本語文法総解説』という本です。2021年に出されています。本当だろうかという気持ちがありました。そう思いながら、500頁を超える分量ですから、放置していたのです。

町田健には『まちがいだらけの日本語文法』という本もあります。これは困った本です。この人の書く日本語が妙な文章で、とてもまともな気持ちで読めませんでした。今回も、いわば怖いもの見たさで、「まえがき」だけを読んでみる気になったのです。

ところが、なかなかよいことが書かれていました。文法の[最も基本的な用語として「主語」「目的語」「述語」がある]のに、[不正確で曖昧にしか説明されていない]。しかし、この本では[文法記述の根底をなす用語の正確な定義を試み]るというのです。

     

2 主語・主題・述語の定義

町田は『日本語文法総解説』で、主語、主題、述語などをどう定義しているのでしょうか。[主体を表示する名詞は「主語」](p.16)、[主体である名詞句を「主語」と呼ぶ](p.72)そうです。さらに「主体」は[文の述語を決定する]とあります(p.16)。

厳格な定義にするなら「主語」とは、「文の述語を決定し、主体を表示する名詞あるいは名詞句」ということでしょうか。一方、「主題」の定義は明確になされていません。おそらく[文頭に配置される][副助詞「は」を伴う名詞群](p.79)となりそうです。

「述語」とは[主語と同一であるか主語を包含する事物(の集合)を表示する形態](p.17)であり、[主体と関係を取り結んでいる副体のこと](p.72)となるでしょう。「副体」とは[主体と関係を持ち、主体とともに文の述語を決定する](p.16)とあります。

      

3 用語間の関係が不明確

概念を明確にするために定義をすることは不可欠です。したがって町田が言うように、最も基本的な用語が正確に定義されていなくては困ります。この点は、その通りです。しかし、町田の提示した定義では、「正確な定義」がなされたとは言えません。

例文「その子供は小学生だ」について、この文は[主体と副体の間にある関係が包含関係である文]だと説明されています(p.72)。「その子供は」が主体です。「小学生だ」は副体であり、さらに言えば[主体と関係を取り結んでいる副体]なので述語でしょう。

ところが[主体と関係を持ち、主体とともに文の述語を決定する]のが副体ですから、述語が述語を決定することになります。副体の定義がおかしいのです。同時に「その子供は」は、[文頭に配置される][副助詞「は」を伴う名詞群]なので主題でもあります。

つまり「その子供は」は、町田の定義では、主体であり主語であり主題です。「小学生だ」は副体であり述語でもあります。これでは用語間の関係がよくわかりません。何のための定義だったのでしょうか。概念を明確にするのは難しいものだと思います。