■経営の指導原理について:ドラッカーの考えと北尾吉孝の解説

      

1 北尾吉孝『逆境を生き抜く 名経営者、先哲の箴言』

SBIホールディングスのCEOである北尾吉孝が[若い頃目にして以来、今日までずっと残っている]ドラッカーの言葉があると書いています。『逆境を生き抜く 名経営者、先哲の箴言』においてのことです(p.96)。まずはその言葉をあげておきましょう。

▼企業経済学の指導原理は利益の最大化ではない。損失の回避である。したがって企業は、事業に伴うリスクに備えるために、プレミアムを生み出さなければならない。
リスクに対するプレミアムの源泉は一つしかない。利益である。 『現代の経営』

北尾は『現代の経営』を最初に読んで、[なるほどそうか、とものすごくピンときた。すぐにノートに書き抜いたほどだ]ということでした。北尾自身、[それまで企業経営の指導原理は「利益の極大化」だと思っていた](以上、p.92)と記しています。

      

2 企業は潰れずに存続することが第一

この言葉を簡潔で理解しやすい北尾の言葉にすると、「企業は潰れずに存続することが第一だ」ということです。[これは頭に入れておかないといけないと思った](p.93)のでした。利益が一時的に極大化しても、組織が存続しなくなったら終わりです。

[利益を出すという立場で経営する経営者と、損失を出さないという立場の経営者では、経営手法はまったく異なるものになる](p.92)でしょう。利益に対するこの考え方が、経営手法の選択に影響を与える、つまりは経営の指針になるということです。

この指針に従えば、[制度というのは一度作ってしまうと簡単には崩せないので、業績好調なときに安易に作るのではなく、企業経営の波も考えて制度設計すべき](p.96)ということになります。これが損失の回避であり、事業に伴うリスクに備えるということです。

       

3 前提が違うMBAの講義

ドラッカーの考えは、松下幸之助のダム経営を思い起こさせます。天候変化を前提にすれば、水量を調整する機能をダムに担ってもらうことが必要です。企業の経営も同じように、リスクを回避するダムの機能を持っていなくてはならないということになります。

ドラッカーの有名な言葉である「顧客の創造」よりも、どちらかというと地味で隠れてしまいそうな言葉に、北尾はピンと来たのです。積極的に事業を拡大することを否定したわけではありませんが、社会での存続の方が本質的だという点に気づいたのでした。

単純な成果主義ではダメだということにもなります。いつ起こるかわからないリスクを回避するための仕組みを作っておくことが不可欠です。北尾の言い方に従えば、[そのためにこそプレミアム(余剰分)を生み出さなければならない](p.94)ということになります。

MBAの講義のポイントは利益の極大化であり、[そのために、大変な数のケース(事例)から研究をし、ノウハウを積み上げる][経営に関するテクニカルな手法](p.92)だと北尾は指摘していました。前提が違う点を指摘して、ドラッカーの考えを採用したのです。