■助詞ハの機能(役目)と主語概念:同列に扱うことのおかしさ

     

1 なつかしい『大野晋の日本語相談』

ずいぶん昔に読んだ本が出てきました。『大野晋の日本語相談』(朝日文庫)です。週刊朝日で読者からの日本語についての質問に対して、井上ひさし、大岡信、丸谷才一とともに、大野晋が答えていました。1986年から1992年まで続いた連載だったようです。

どこまで正しいのかわからないまま、おもしろがって読みました。いまになってみると、ちょっと心配になることもあります。巻末のタミル語・日本語起源論争についての4人の座談会など、勝負あったかのような話ですが、その後、大野は自説を修正しました。

助詞「は」についても、『日本語練習帳』での話と少しニュアンスが違っています。それが良くないというのではないのです。年とともに違いが生じるのは別にめずらしいことではありません。逆に、『大野晋の日本語相談』での回答が明確なのに驚いたのでした。

      

2 ハの役目と主語の関係

大野は、[ハという助詞が、どんな役目を負っているか](p.267)と言い、[ハの下にその解答を求める役目をします]と記します。さらに[ハを、主語を表す助詞とみては具合が悪いことが起こります]と言い、目的語を表すハを示しているのです(p.268)。

「煙草ハのむが、酒ハ飲まない」の場合、「煙草ハ(ドウカトイウト)のむが、酒ハ(ドウカトイウト)のまない」という構文になります。[タバコと酒は目的語で、主語ではありません]。その上で大野は、[ハは問題提示の助詞](p.268)であるというのです。

大野の考えでは、[ハの下にその解答を求める役目]をする[問題提示の助詞]であり、[主語を表す助詞]ではないのでした。ここでの問題は、ハの役目と主語の関係が同列に扱われている点です。ハの役目を上位概念としなくては、おかしなことになります。

     

3 助詞の機能が上位概念

助詞ハが目的語になることがあるので、助詞ハは主語ではないという論理で考えると、助詞ガも主格の助詞ではありません。「初めて会ったガ、すごい人でした」のガは主格ではないからです。助詞ハ・ガの機能が、主語の概念とぴたり一致したらヘンでしょう。

助詞のハやガの役目がある中で、主語の概念と一致する部分があれば、それをもって主語の役割を果たしていると言ってよいはずです。studyでもworkでも、その下位概念に名詞や動詞という品詞概念がきます。studyの品詞=名詞(あるいは動詞)とはなりません。

その一方で、ハは主題を表し、ガは主格を表すとも言われてきました。この場合でも、ハ・ガの機能と主題・主格の概念を同列に扱う発想があります。同列概念ではない両者の機能・役目が一致したら、おかしいのです。1対1対応などするはずもありません。

助詞ハの機能の方が、主語や主題の概念よりも広くなります。抽象的な主語・主題・主格などの概念を持ち出して、それとの一致を問うのは拙い発想でした。日本語と英語で用語概念に違いがあるのは当然のことです。本来、日本語の主語概念を考えるべきでした。