■「戦略」というお遊び:あるオーナー経営者の話
1 大半の「戦略」は無意味
思いのほか戦略について、関心を持つ方がいらっしゃいます。勉強会をおやりになっている人から、戦略についてのお話を聞きました。たいていの場合、会話が成り立ちません。三品和弘『経営戦略を問いなおす』に書かれていたことを思い出します。
[戦略という言葉には、何かしら重要で、しかも高尚という響きがあります](p.11)、その結果、勉強会には打ってつけのテーマになっているのでしょう。しかし後づけの理屈になっている場合がほとんどです。どこに魅力があるのか、不思議な感じがします。
▼世の大半の「戦略」は、掛け声倒れに終わります。同業他社も良しとする理想論を、それを具現化するための方法論に踏み入ることもなく、ただ叫ぶだけで戦略になるのなら、何の苦労もいりません。同業他社には再現できない何かを造り込む、そういうところに立ち向かわない限り、戦略にはならないのです。 p.10
2 マイケル・デルの例
三品はマイケル・デルの例をあげています。[マイケル・デル氏が一流の戦略家であることに疑いを挟む余地はありません]が、しかし、[自らの成功を導いた戦略を語るとなると、どうも冴えません](p.11)。1999年の自叙伝で四つの競争戦略を語っていました。
(1)市場に素早くものを届けること、(2)同業他社に顧客サービスで負けないこと、(3)最高の性能と最新の技術を有するPCを、顧客の要望に応じてカスタム化して提供すること、(4)インターネットの可能性をいち早く開拓すること…これが四つの競争戦略です。
三品は[この類のことを標榜しない会社など、あるのでしょうか]と言います(p.9)。なぜ、こんなことになるのか。[成功の現実が先に来て、その理由を明かす必要に迫られた。そこで無理矢理ひねり出した説明が、どうも釈然としない](p.11)からでしょう。
3 「実際の運営」+「一人で考えること」
戦略は検証を経ないと、なかなか安定しません。先に成功があって、それを後づけで説明する場合、成功しているがゆえに、詰めが甘くなりがちです。比較や検証をしながら、何らかの独自性を見出そうとしない限り、戦略と言えるものにはならないのでしょう。
実際に成功した経営者から、皮肉な言葉を聞いたことがあります。どんな小さな組織でもいいから、自分で作って運営してみれば、後づけの理屈なんて意味がないことがわかるけどね、ということでした。最初から全部見通せることなどないということです。
成功の後を追いかける場合、自分の経験があれば、安直な「戦略」を見出すことはないでしょう。何にもやっていない人は評論家、それをまねして勉強会などしていたら、どんどんダメになると言うのでした。穏やかな言葉にすれば、こんなところです。
理屈通りにいかなくて、本来、間違っていないことが、一時的に失敗の原因に見えることがあるし、反対もある、そういうときにどうするか。間違いもするし、難しいものだよと言いながら、次々成功してきた人です。一人で考えなきゃダメさとも言っていました。