■「楽譜には忠実だけど、音楽的に誤り」:マネジメントのエッセンスに通じる言葉
1 フルトブェングラーの意図
ビジネスの話とは一見、なんの関係もないような話を読みながら、しかしビジネスも同じだなあと思うことがあります。これは音楽の演奏に関することです。『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』で中野雄(タケシ)が、恩師の丸山眞男の疑問について書いています。
ベートーヴェンの第九交響曲の[第一楽章最初の一六小節]の第二ヴァイオリンについて、[トスカニーニの≪第九≫を聴くと、この六連音符がキチッと合っていて、一つ一つの音が明瞭に聴こえます。まあ、楽譜に書かれてある通り]と丸山は言うのです。
一方[フルトブェングラーの盤では、第二ヴァイオリンが揃っていないように聴こえる][フルトブェングラーがはっきりとした意図をもってあのような指示を出していたのか-真相をどうしても知りたいんです](pp..14-15)と言われて、中野は旧知に質問します。
2 「楽譜には忠実だけど、音楽的には誤り」
ウィーン・フィルの楽団長だったヴィルヘルム・ヒューブナーに丸山の疑問をぶつけると、[即座に返ってきたのが、「フルトブェングラーの解釈であり、指示である」という答えであった](p.16)とのこと。楽譜と演奏には、ある種の乖離があるようです。
ビューブナーは[楽譜には忠実だけど、音楽的には誤り](p.19)という言い方をしています。同時に、トスカニーニについて[彼の解釈に基づいて、楽譜を、書いてある通りに弾くようにオーケストラに要求しているんだと思います]とも加えています(p.20)。
回答に対し丸山は、[ぼくの専門分野の社会科学、君がいま携わっている芸術の分野、これらの分野に“正解”という言葉はないですからね。ただし、明らかな“誤り”はある][何も考えないで成り行きで振ってしまうことが“誤り”だ](p.20)と言うのでした。
3 業務に正解はない
丸山は、[オーケストラと指揮者の関係って、何なんだろう](p.21)と問いかけてきたとのことです。そういえば、ピーター・ドラッカーがマネジメントに関連して、オーケストラの例を何度か出して論じていました。しかし私には、それ以上に印象に残る話です。
楽譜がなくては、音楽は継承されません。しかし、楽譜にすべてが書かれていると考えるのは間違いです。「楽譜には忠実だけど、音楽的に誤り」という言葉は忘れがたいものでした。実際、業務手順やルールに忠実でも、仕事として誤りということがあります。
当然、プロフェッショナルの音楽ではないという意味で、プロフェッショナルの仕事としては誤りだということになります。ここに介在しているのが、リーダーの解釈というものです。そこには正解はないということ、しかし誤りはあるということになります。
業務を考えるときに、これは忘れがたい言葉です。業務に正解はありません。しかし、ダメな業務はあります。いま、法律を実践するためのマニュアル作りに着手しているため、改めて思い出しました。マネジメントの本よりも、ずっと切実な問題提起です。