■受験参考書のレベル:飛び抜けている小西甚一『古文研究法』
1 世界的な学者の書いた受験参考書
日本の国文学の代表的な学者をあげるなら、小西甚一は間違いなく入るでしょう。天才的な学者でした。『日本文藝史』を書いて、世界的な学者の地位を獲得したように思います。専門的な本だけでなく、『古文研究法』などの受験参考書も書きました。
『古文研究法』は、かつての定番参考書です。武藤康史がPR誌「ちくま」に寄せた「小西甚一『古文研究法』ができるまで」によると、洛陽社から出版された際に、洛陽社の雑誌「受験」に、以下のような、いまでも通用しそうな広告が載ったそうです。
▼早大教授 川副国基氏評――こういう本が出たらとねがっていたような、類書を隔絶した内容の好著が、すぐれた国文学者小西氏の総力をかけてあらわれた。この本ではじめて根柢からの古典読解の力を養うことが出来るだろう。
2 大学院のテキストを超えるレベル
いまや文庫版も出ている『古文研究法』について、受験参考書を超えた存在として扱われるのは当然ですが、入門書的な本であるかのような扱いが、なされている気がします。全くの見当はずれです。かつて谷沢永一が『三酔人書国悠遊』で言及していました。
▼一連の参考書を見て、私は絶望した。大学院のテキストどころじゃない。つまり一連の本の書いてあることをマスターしている国文学者だって、まあ十人はおらんのじゃないかと思った。 p.202
これに対して、受験参考書である『漢文法基礎』を書いた加地伸行が、「わかります」と答えています。加地は、「『学習基本古語辞典』。あれは実によくできていますね」(p.198)、「『古文の読解』。あれもいい」(p.202)とも語っていました。
3 良書の発見と評価
圧倒的な学者の書いた本は、圧倒的なものになるということなのでしょうか。小西の書いた参考書の場合、マスターできたという感じはしませんが、何度となくヒントを与えてもらいました。たぶん、これからも手に取るだろうと思います。
圧倒的な実力者が手抜きなく書いた本は、一般向け、受験生向けでも内容が優れている可能性が高いと考えられます。実際、自分がある程度勉強した分野を見れば、大学の講義に出るよりも、この本を読んだ方が役に立つという本が、いつくか思いつくはずです。
名著と言われる受験参考書が復刊され、文庫になるのを嬉しく思います。こうした受験生向けや、大学の教養課程で使ってもらうために書いた本、一般の人向けの講義のための本の中に、名著はいくつもありそうです。こういう本で、著者の偉さもわかるでしょう。
専門家の書いた、参考書は貴重です。どんな分野でも、探せばおそらく良書はあることでしょう。最近、妙にレベルを下げた参考書や入門書も見られますが、それはそれで仕方ありません。質の良いもの、レベルの高いものを見つけて評価していきたいものです。