■野中郁次郎による暗黙知の定義:脳の研究との齟齬
1 暗黙知を基礎にする知識創造理論
一時期、暗黙知を形式知にということが言われました。野中郁次郎の影響が大きかったのでしょう。「『失敗の本質』を語る」でも、暗黙知について語っています。この本は2022年のものですから、その後の批判も考慮した内容のはずです。見てみましょう。
聞き手の前田裕之は、1990年に発刊された野中の『知識創造の経営』を[世界で初めて、知識創造理論を打ち出した野中の原点と言える著作である]と記しています(p.149)。野中は[私が提唱するのは「組織的知識創造理論」です]とのことでした(p.151)。
ここで野中は、暗黙知について言及しています。[議論の出発点は哲学者、マイケル・ポランニー(1891~1976年)が提唱した暗黙知の概念です。私の知識創造理論の中核となる概念と言えます](pp..151-152)。野中は、暗黙知をどう解説しているのでしょうか。
2 記述しつくせないものを言語に翻訳
野中はポランニーの考えを受けて、[知識とは、主体と対象を明確に分離し、主体が外在的に対象を分析することから生まれるのではなく、個人が現実と四つに組む自己投入、すなわちコミットメントから生み出されます](p.152)と言います。
知識の獲得には、現実との格闘が必要だというのでしょうか。野中は[直観(総合)と理性(分析)は相互作用をしながら人間の知識を創造していきます。直観的なプロセスは記述しつくせない暗黙知であり、全身を通じての認識の発見、創造です](p.154)と言います。
暗黙知は「記述しつくせない」…一部は記述できるかもしれません。[言葉で表現するのが難しい暗黙知を、組織にとって有益な情報として形式知に変換するためには、何らかの形で言語に翻訳されなければなりません](p.154)とのこと。どうするのでしょうか。
3 暗黙知の定義を転換
野中は[有効な変換の手段がメタファー(隠喩)]だと言い、[より抽象的な概念の創造にはメタファーが重要になります]。そして[メタファーに含まれている矛盾を調和させる手段がアナロジー(比喩)]だというのです(p.155)。どうも、よくわかりません。
[メタファーによって認知された矛盾、アナロジーによる解消の過程を通じて、暗黙知は形式知へと転換します。形式知はモデルに近いものとして表現されます](p.156)とあります。とにかく野中は、暗黙知を形式知に転換することは可能だと考えているのです。
野中は[客観的な知識を形式知と呼び、主観的な知識を暗黙知と呼ぶなら](p.154)という独自の定義を前提に置いています。当然、こんな定義は通用しません。脳の研究が進んで、暗黙知と呼ばれるものの正体がわかってきたのが、1980年代のことでした。
伊藤正男が、1987年出版の塚原仲晃『脳の可塑性と記憶』に寄せた文章で、[この二つが脳の違う場所で営まれているという認識は比較的最近のものである]と記しています。理論の前提が違った場合、定義を転換させたとしても、うまく行きそうにありません。