■画期的だったマニュアルの成功要因:『これならわかるパソコンが動く』について
1 NECのパソコン用のマニュアル
操作マニュアルを作るときに、何を説明したらよいのか、必要十分にできたら、成功の可能性は極めて大きいと言えます。必要十分とは、これだけあれば満足できるということです。こうしたメリハリの利いた絞り込みは、簡単にはできません。
かつてパソコンのシェアが最大だったNECがウィンドウズ95が発売された後に、画期的なマニュアルを作りました。自社で作ったマニュアルはあまりよくなくて、使われていなかったので、作家の海老沢泰久に作成を依頼して作ったものです。
海老沢は文章がうまい作家として名の知れた人でした。取材もきちんとできる人です。『F1地上の夢』はノンフィクションと言ってもよい作品も書いています。こういう人にマニュアルを作ってもらわないと、使ってもらえるマニュアルにならないと考えました。
2 ユーザーが満足してくれる範囲
1995年の段階で、NECはパソコンのユーザーが満足してくれる範囲を明確にしていました。ワープロ、メール(パソコン通信)、インターネットに絞るということです。解説する領域も、セットアップの仕方から、この3つについてのことに限定しています。
こうして『これならわかるパソコンが動く』というマニュアルが出来上がったのが、1996年のことでした。朝日新聞でも取り上げられて、評判になったため、異例の形で翌年、出版されることになります。以下のような内容説明がついていました。
▼本書は、パソコンを使いたいが、従来のマニュアルは初心者には専門的すぎて理解できない、だからパソコンを使うのが不安だと思っているという人のために書いた、NECの「VALUESTAR(バリュースター)」と、ノート型パソコンの「Aile(エール)」用のガイドブックです。どちらのガイドブックも、その点を考慮し、これだけを読めば、パソコンを組み立てて、ワープロ、インターネット、パソコン通信などがある程度まですぐに利用できるようにつくられています。
3 大枠を作ったのはNEC
文章が良かったのも当然のことですが、ユーザーのニーズがわかったNECの調査能力が光ったということもあるでしょう。どういう人がマニュアルを必要としているのか、それが分かったということです。必要とされる機能が何かということもわかっていました。
会社のマーケティングの能力があったということです。マニュアルを使ってもらえるようにするには、誰に・何を・どのように説明したらよいのか、この点をいかに最適化していくかが成否を決めます。こうした大枠はNECが作ったと言ってよいのです。
構想が良かっただけに、海老沢は実力を発揮して、画期的な操作マニュアルを作ることが出来ました。マニュアルが読み物となって、出版されたのです。海老沢は最初からそれを意図していたのでしょう。このガイドブックは、縦書きに組まれています。
『これならわかるパソコンが動く』は、海老沢の仕事としても評価されました。成功の要因として、当時のNECの高いマーケティング能力が活かされたということも、あげられます。この基礎がなかったら、いかにうまく記述しても、成功はなかったでしょう。