■ビジネスに必要な要素:主観性・客観性・合理性

     

1 作者が滲み出ること

俳句は主観が入るものだと『俳句 四合目からの出発』で阿部ショウ人が書いていました。川柳は傍観的だそうです。主観が入らないものを「記述俳句」と阿部は呼んでいます。[ありのままを「記述」]するだけでは[俳句では失敗作となります](pp..102-103)。

記述俳句がどんなものか、事例を見ましょう。例えば「炎天に鶴嘴(ツルハシ)上げて道修理」です。[動作を示し、目的を示し、場所と時とを示して、結局全部そろえて完結し、これ以上付け加えるものがありません。これが明らかな記述であります](p.104)とのこと。

俳句としては物足りないのでしょう。阿部は[作者が滲み出ていません](p.104)と書いていました。主観が感じ取れないと、つまらなく感じるということでしょう。俳句は主観的であることが必要条件のようです。では、ビジネス文書では、どうなるでしょうか。

      

2 阿部流の「記述」

先の記述俳句の場合、ビジネス文書としても不十分です。阿部は「動作を示し、目的を示し」と書いていましたが、「目的」が何を指しているのかわかりません。「場所と時」も不十分です。「全部そろえて」とは言えませんので、「完結し」ていないのです。

いつ・どこで・どんな状況で、誰が、何を行ったのか、まずこの点の明確性が必要となります。「炎天に」がどんな状況であったかを示し、「鶴嘴(ツルハシ)」が手段、「道修理」は行為になるでしょうか。しかし「道修理」の地点は不明ですし、日時もわかりません。

どんな権限者の指示に従って、どんな立場の人が、どんな状況にあった道を、どんな風に修理したのか、その修理で問題なかったのか、こうした点がなくては、記述は完結していません。「作者が滲み出てい」ない、ただの記述だけでは一人立ちできていないのです。

     

3 主観性・客観性・合理性

俳句の場合、主観的なもので「作者が滲み出て」いることが条件だとすると、ビジネス文書は、主観的であり、客観的であり、合理的でなくてはなりません。一番基礎のところに、「かくあるべし」という目的・ミッションが「滲み出て」いることが必要です。

「かくあるべし」を明確にするために、シンプルな言葉で的確に表すことが不可欠になります。しかし具体的なゴールの設定がなくては、抽象的なままで、実践できたかどうかが不明確です。実践のためには客観的・具体的な目標を示すことが必要になります。

実践すべき具体的な目標がゴールということです。ゴールが示された結果として、このゴールに到達するのに、どんな方法、どんなプロセスを経るのかが問われることになります。手段を明確にするということです。しかし、まだこれだけでは不十分でしょう。

方法・プロセス・準備・計画などの手段が、合理的であることが求められます。もっと良い方法があるなら、変更が必要です。俳句で作者が滲み出てくるように、仕事では、主観性・客観性・合理性が滲み出てくるようにしないと、なかなか成功しそうにありません。

     

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