■宮崎市定『古代大和王朝』と岡田英弘の日本古代史

    

1 岡田英弘と宮崎市定の相違

小西甚一の『日本文藝史1』は、日本古代史の基本を知るためにも役立ちます。日本古代史に関して、日本史の専門家の本よりも、かえって関連した分野の専門家の本のほうが、頼りがいがありそうです。岡田英弘と宮崎市定という学者の名前が思い浮かびます。

岡田の場合、『倭国』などの本で、日本古代史を論じていました。『倭国』では、『隋書』と『日本書紀』の記述を比較して、前者が正しいという前提で、[『日本書紀』の記述が史実を伝えたものでないことは明確である](pp..6-7)と結論づけていました。

そうなると[外国の資料を基礎にして、日本列島をめぐる国際情勢の歴史を創り上げ、その枠のうちで『日本書紀』の伝承を解釈するのが、歴史学の常道であろう](p.7)ということになります。こうした立場と、正反対といえそうなのが宮崎市定です。

      

2 資料の読み込みで圧倒する宮崎市定

宮崎は『古代大和朝廷』を書いています。[日本上代史の体系を形造るためには、出来得る限り][記紀を利用すべきである。記紀は十分にそれだけの価値がある]という考えです。一方[中国の史籍の利用法を誤らぬこと]と注意を促します(p.56:叢書版)。

[中国では史学は経書よりも一段劣った学問と考えられ]、さらに[列伝は本記よりも劣る]上、[四夷伝は][最下等の価値しか認められていない]とのこと。また[中国の本というものは誤謬だらけ](p.44)なのです。岡田のアプローチとは全く違います。

岡田は蒙古史、満州史が専門の学者です。26歳で学士院賞を取っています。独創性のある学者のはずでした。一方、宮崎は中国を中心に、イスラムまでも視野に入れた世界的な学者です。正統派の学者であり、使われる資料の読み込みに関して宮崎が圧倒しています。

     

3 論理的な思考と洞察を働かせるためのお手本

岡田は『古事記』を偽書扱いし、成立も新しいと主張していました。しかし宮崎は『古事記』の[各天皇の称号の整理が行き届いていなかった]点、[名称の中にかえって古い伝統が伝えられている]ことを指摘します。『日本書紀』は称号が統一されているのです。

七支刀について、宮崎が決定打となる論文を書きました。一方、岡田は『倭国』で通説的解釈を前提に、外国の資料に基づいて七支刀に刻まれた文を確認し、当時を記述しています。『日本史の誕生』では、369年が畿内の倭国の起源との見解にまで発展しました。

岡田英弘が独創的な学者であることはたしかです。しかし資料の読みで際立つ小西甚一、宮崎市定と比べると、日本古代史に関して難ありというべきでしょう。宮崎は[世界史のいずれの地域に関しても、問題が多いのはいつも古代史の分野]と序に書いています。

十分な資料のない古代に関して、どのように歴史を記述していくのか。興味深いことです。論理的な思考と洞察をどう働かせたらよいのか、宮崎市定の『古代大和朝廷』はそのお手本になるでしょう。小西の『日本文藝史1』とともに、基本書だと思っています。

      

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