■日本語の文はどのように意味が決まるのか

     

1 後ろに重心のある構造

日本語の文の構造の特徴は、後ろに重心があることです。「東の空の白い雲」という場合、中核となる言葉は「雲」になります。どういう雲かと言えば、「白い雲」です。これが言葉の塊となって、そこに「東の空の」が修飾している構造になります。

「東の空」だけを見ても、中核となるのは「空」の方です。そのため「東の空の白い雲」の構造を見ると、「(東×空)×(白い→雲)」とでも表現できる形式になっています。「2の3倍の40%」ならば「(2×3)×40%」と表示できますから、こんなところでしょう。

ここで大切なことは、後ろに重心があるという前提がある効果です。日本語では、後ろにある重心を推定しながら読み進めていく構造になっていると言えます。「東の」とあれば、その方面にあるものに絞られ、「東の空」が得られるのです。

     

2 先の言葉が推定可能な構造

ところが「東の空」がまとまったあと、それが修飾するのは「白い雲」になっています。「東の空」が「白い」にかかるのではありません。「白い雲」が固まりです。これが基礎単位となっています。先ほどの図式のように「(東×空)×(白い→雲)」なのです。

こうした構造があると、「東の空の白い」まで来ると、その先は「雲」だろうと予測できます。後ろに重心があるということと、その重心が絞られていく構造とが一体化して、読みながら、その先にくる言葉が推定できるようになっているのです。

こうした効果が、もう一つの重要な日本語の構造を作り出しています。場面を見て、そのあとを読めば、その主体が誰であるかがわかる場合、あえて記述しないということです。行動でも、状態でも、その主体がわかるのなら、記述しなくても問題はありません。

     

3 主体の認識と文末での意味の確定

日本語の場合、後ろの重心に向けて、私たちは推定を働かせながら、その確認をしながら読み進めていき、文末に至って文の意味が確定することになります。このとき一般的な読者にとって、主体が判断できる状況にあるのなら、主体を記述しないのが原則です。

日本語の文を読むとき、文末に向けて意味を確定することと、その主体が何であるかを認識することが必要になります。逆に言えば、こうしたことがスムーズにいくスタイルで記述することが必要になるということです。この点で、主体と文末が重要になります。

天野みどりは『文の理解と意味の創造』で[この文はこれこれの意味であるはずであるという見込みが先に存在し、その意味に見合うように、逆に文を構成する個々の要素に意味を付与していくという過程](p.4)を明らかにしようとして、空振りしていました。

見込みは文全体の中の一部でしかありません。[構文類型の持つ≪基準的意味≫というものを設定](p.186)して「構文全体をカバーする単一の抽象的意味」を想定するなど、ナンセンスでしかないのです。先日書いた【文の意味を得る過程】を補強しておきます。