■助詞「ニ」と「ヘ」の違い:池上嘉彦『<英文法>を考える』を参考に

      

1 助詞「ニ」と「ヘ」の区別

池上嘉彦の『<英文法>を考える』には、英語だけでなくて、日本語への言及があります。なかなか興味深い指摘です。例えば、[助詞の「ニ」と「ヘ」の区別]について。日本語文法での説明よりも、池上の以下の見解は踏み込んだものと言えるでしょう。

「塀の向こうへボールを投げる」と「友達に手紙を出す」の二つの例文を上げています。その違いについて、[「ニ」は<人間>に向けられて、「ヘ」は単なる<方向>といった形での区別が読みとれる](pp..91-92)というのです。なかなか面白い見方と言えます。

英文法をやる人の発想なのかもしれません。[<人間>を表している項が言語では何か特別の扱いを受ける傾向がある](p.92)のは、その通りなのでしょう。しかし、「ニ」と「ヘ」の場合に、こうした区分をとるのは、ずいぶんズレた話です。

      

2 一つの点を意識して指し示す機能

「ニ」と「ヘ」について、「<人間>に向け」たものと「単なる<方向>」との区分では、ごく一部の説明にしかなりません。たとえば「学校に行く」と「学校へ行く」の区分には使えないでしょう。人間ではない対象に「ニ」も「ヘ」も接続可能です。

ここでの問題は、人間に向けたものであるかどうかではありません。問題になるのは、「ニ」と「ヘ」が付着した言葉をどういう概念のものとして意識しているかです。「ニ」は、ある一つの点を意識して指し示す機能を持っています。これが大切のところです。

「友達」ならば、明確な対象として指し示すことができます。「塀の向こう」の場合、一つの点として意識されません。学校という地点を意識したら「ニ」、学校付近の領域を意識したら「ヘ」がつくのです。人間に対してか否かは、中心的問題ではありません。

      

3 明確性のある説明が魅力

池上は「ハ」と「ガ」の違いについても論じています。[英語では、あることやものが<話題>として<既出>であるか<新出>であるかによって言い方に使い分けがある]、日本語でも[大きな役割を果たしている](p.108)ということです。

[よく問題になる「ハ」と「ガ」の使い分け]について、池上の説明は明確性があって、あっと言わせます。「誰ですか」の[「誰」の部分を未知数xに置き換えれば、答えの中でこのxに置き換わっている部分が<新出>ということになる]というのです。

<既出>と<新出>の区分が明確になされています。かつての既知と未知の説明ではここまでの明確性はありませんでした。先の「人間とそれ以外」の区分にしても、明確な説明といえるでしょう。ただし問題なのは、全体の説明になっていないということです。

池上の『<英文法>を考える』は1991年の本でした。そのころ、未知・既知の話はなされていたはずです。もはやあまり見かけません。これでは説明しきれないからでしょう。池上の本は<英文法>を考える本でした。その説明の仕方は、今でも魅力的です。

     

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