■漢文に文法がないということ:岡田英弘『漢字とは何か』から

     

1 日本語の成立と漢文

日本語の成立にとって漢文は重要な役割を果たしました。こうした歴史的な経緯を見たうえで、日本語を考えていかないと、おかしなことになります。岡田英弘は重要な指摘を行ってきました。日本語は、欧米流の文とは違った成立をしています。

▼日本語の散文の開発が遅れた根本の原因は、漢文から出発したからである。漢字には名詞と動詞の区別もなく、語尾変化もないから、字と字の間の論理的な関係を示す方法がない。一定の語順さえないのだから、漢文には文法もないのである。 「日本語は人工的に作られた」『漢字とは何か』 p.314

その後、日本語は[十九世紀になって、文法構造のはっきりしたヨーロッパ語、殊に英語を基礎として、あらためて現代日本語が開発されてから、散文の文体が確立することになった]と記しています(p.314)。実際に変化したのはに二十世紀になってからでした。

     

2 文意を取ってから品詞・語順が定まる漢文

漢文について、岡田は別のところにも書いています。漢字には[名詞の数や格、動詞の態や時称を言い分ける方法がない。いや、それどころか、品詞の区別がもともとない]ということでした(『漢字とは何か』「漢字の正体」p.52)。もう少し説明を聞きましょう。

▼漢字で綴った漢文を外国語に訳すと、同じ漢字を名詞にも、動詞にも、形容詞にも訳せる。品詞の区別がないとすると、文章の中に、最初に主語の名詞が来て、次に動詞が来て、動詞の後に目的語の形容詞や名詞が来るといったような、一定の語順というものがないことになる。つまり、漢文には文法がない。 『漢字とは何か』「漢字の正体」p.52

そうなると、[ベルンハルド・カールグレンというスウェーデンの言語学者が、「漢文は、読む前に全体の意味がわかっていなければ、一つひとつの漢字の意味もわからない」と指摘している](p.52)通りなのかもしれません。これはどういうことでしょうか。

      

3 文法がない漢文の事例

以前、漢文に文法がないという言い方をしたときに、どういう意味かわからないと言われたことがありました。事例を『論語』で見てみましょう。郷党第十08に「食不厭精」の章があります。この中に「酒無量不及乱」とあるのは、どういう意味でしょうか。

たぶん量は決まりがなくても、乱れるまでは行かないということでしょう。そう考えないと、おかしいことになるのは前後関係からわかります。しかし、ここだけを取り出してみると「酒は量なし。及ばざれば乱す」と読むことも可能でしょう。

これは貝塚茂樹が『論語』で紹介している「こじつけ読み」ですが、[量に及ばないと怒って乱暴するのだ]となります。この部分の読み方の妥当性は、内容から判断するしかありません。一定の語順がない、そうなると文法がないというのは、こういうことです。

      

カテゴリー: 日本語 パーマリンク