■デジタル化の発達:梅棹忠夫の想定を超える技術進歩

       

1 索引作りの苦労

デジタル化しておけば索引を作るのも簡単になると、あたりまえのように書きました。間違いではないはずです。しかし何で索引の話をしたのか、そんなに意識していませんでした。自分でも検索をよく使いますから、それで索引の話になったものと思います。

ところが、ふと思い出したことがありました。梅棹忠夫の話です。著作集を1989年から1994年にかけて作っています。そのとき索引を作るのに1年かかったということでした。苦労したようです。その記憶が不思議な印象として残っていた気もしました。

『日本語の将来』という本で、梅棹忠夫は索引について語っています。日本では[学術書でさえも索引がついていない]けれども、学術書の場合、[アメリカあたりでは、「索引のついていない本は読むに値しない」という考え方があります](p.73)。

ところが[本の索引を日本語でつくろうと思うたら、四苦八苦なんです]。[わたしは22巻の著作集の総索引を作ったんです。この総索引をつくるだけで1年かかった]。[なぜそんなにむつかしいのかといいますと、漢字です](pp..73-74)とのことでした。

     

2 梅棹の主張の間違い

梅棹は[漢字の読み方を決めて、それをアイウエオ順に直して、索引にしたてていく]のに苦労したということでした。ところが、[この作業はヨーロッパやアメリカなどの、ローマ字国では瞬間的にできるんです](p.74)と主張しています。もちろん間違いです。

欧米の「ローマ字国」でも、索引にいれる項目を立てなくては、索引はできません。項目立てができたら、各項目ごとに検索をかければ当然すぐに結果が出てきます。これは日本語でも同じことです。例えば「梅棹忠夫」と検索をかければ、すぐに結果が出ます。

索引で大切なのは、項目立てです。漢字の項目を立てていくこと自体、自然なことでしょう。このときカタカナでも、ひらがな、漢字であっても、ローマ字でも検索は楽にできます。漢字の読み方が統一化されていない場合もありますが、大した問題ではありません。

     

3 急激な発展をしたIT・デジタル技術

梅棹の発言は1996年のものです。インターネットが十分に普及しておらず、現在のような高度な検索機能もなかった時代の発言です。これらはその後10年で解決してしまいました。逆にいまから見ると、梅棹の語ったことは当時を知る貴重な記録になりそうです。

▼情報検索というものができなかったら、いかに膨大な情報を蓄積しても、紙くずの山になるだけなんです。この中から、必要なものをスッと取り出すことが出来なければ、ダメなんですね。 p.74 『日本語の将来』

われわれは必要な情報を検索して見つけます。それは当たり前のことになりました。何かあれば検索に頼るという人はいくらでもいます。行きすぎかもしれないのです。それで賢くなったかと言えば、そうでもないでしょう。しかし現在そのくらい使われています。

デジタル化による影響は大きかったということです。機械の面から見れば、大変な発達でした。これからも発展するでしょう。一方、人間が機械のように発達するはずはありません。人間のなすべきことは、発達した機械を上手に利用する方法を考えることです。