■「~してほしい」という傍観者のつぶやき:日本語文の文法分析から

    

1 文末も主役もあいまいな文

日経新聞の2021年11月11日の社説「3回目職域接種の準備万全に」のはじめのブロックを文法的に分析してみると、どうなるかという話を前回しました。以下のような文章です。3つの文からなります。このうち第1文と第2文については解説した通りです。

▼12月から新型コロナウイルスワクチンの3回目接種が始まる。医療従事者や高齢者に続き、来春以降は2回の接種を終えた全員が対象になる。企業や大学での職域接種をうまく生かし、滞りなく進めてほしい。

最初の文は【3回目の接種が/始まる】が中核になっていて、そこに【12月から】ですよという条件が加わっています。第2文では、【2回の接種を終えた全員が/対象になる】が中核です。その前に、順番がどうなるか、時期がどうなるかの条件が加わっています。

最後の文の構造はどうなるのでしょうか。【企業や大学での職域接種をうまく生かし、滞りなく進めてほしい】という文の構造は簡単ではありません。文末は【滞りなく進めてほしい】のようにみえます。そうなるとセンテンスの主役の言葉はどうなるのでしょうか。

      

2 希望を述べているように見える文

【滞りなく進めてほしい】を取り出して、この主体は何ですかと聞かれたら、戸惑うかもしれません。文末に記述された言葉からすると、ここでは希望を述べているのだなと感じるのが自然です。希望を述べるのなら、それを述べる誰かが必要になります。

こう考えるならば、ここでは筆者が希望を述べているのだと考えるはずです。【滞りなく進めてほしい】と、「筆者は/思っている」というニュアンスがあります。では、この文に省略された主役の言葉は「私は」なのでしょうか。どうも、簡単ではないのです。

「私は」【滞りなく進めてほしい】ではおかしいでしょう。自分で自分に対して「…してほしい」とは言いません。「私は…思う」の形式になっていないとヘンです。そうすると、この文は「【私は】滞りなく進めてほしい【と思う】」になるのでしょうか。

そうであるなら、主役になるのは「私は」であり、文末は「滞りなく進めてほしいと思う」になります。以上の通りなら、この文章の骨組みは「3回目の接種が始まる。2回の接種を終えた全員が対象になる。私は滞りなく進めてほしいと思う」になるでしょう。

    

3 無責任な傍観者のつぶやき

しかし、「私は滞りなく進めてほしいと思う」だけではおかしいと感じるはずです。誰に【滞りなく進めてほしい】のでしょうか。ここに書かれてはいませんが、たぶん「国」なのでしょう。したがって、「私は国に滞りなく進めてほしいと思う」になります。

さらに「何を」が気になってきます。「3回目の接種を」を加えて、「私は国に滞りなく3回目の接種を滞りなく進めてほしいと思う」でよいでしょうか。何だか違います。「私は…と思う」が不要だと感じてくるはずです。いささか面倒な話になりました。

【滞りなく進めてほしい】という言い方から、私の希望を述べているのだろうと考えたのが間違いだったのです。この文の主役+文末を補正するなら、「【国は】企業や大学での職域接種をうまく生かし、滞りなく進めてほしい【ものだ】」となるでしょう。

「~してほしいものだ」という無責任な傍観者のつぶやきです。当事者でないことがらに対して、「~してほしい」というのは意見になっていません。自説がない文章だということになります。それをごまかすために、主役+文末が不明確になっていたのです。

    

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