■働き方の方向:小澤征爾『ボクの音楽武者修行』を参考に

    

1 私たちはどちらに進んだらよいのか

前回、コロナ下での在宅勤務について心配する幹部クラスの人の話を書きました。そのとき問題になっていたのは、私たちはどちらに進んだらよいのか…ということです。簡単にはわからないでしょうが、補助線になること、ヒントになることはないでしょうか。

ふと思いついたのが、小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』の一節でした。小澤征爾が日本を代表する指揮者であることは、もはや言うまでもないでしょう。20代で成功をおさめて、1962年、26歳のときにこの本を書いています。いま読んでも新鮮です。

ドラッカーはマネジメントを語るときに、音楽家を例にすることがあります。しかし必ずしもピタッといく話ではありません。どちらかというと、ドラッカーがオーケストラを例に出す場面では、やや警戒する気持ちになりました。しかし音楽家本人の話は別です。

     

2 フランスとドイツのオーケストラ

小澤は、フランスのオーケストラについて言います。練習中に[注文をつけようと思って指揮を止めてしゃべろうと思うと、必ず誰かがおしゃべりをしはじめてぼくの声が通らなくなる]。つまり[フランスのオーケストラは行儀がわるい]ということになります。

この点、ドイツのオーケストラなら[指揮棒を止めた瞬間にみんなシーンとして、指揮者が何を言うかを聞くための体制になる]のです。そのためか、[フランスのオーケストラは、えてしてアンサンブルが悪い]と評価されます。しかし別の面があるのです。

▼ドイツあるいはその他の国にいて、パリに帰ってきてフランスのオーケストラに接すると、まず感じることは、そのオーケストラのもっている輝き、色彩感、あるいは音のみずみずしさ──それはもうアンサンブルが悪いとか、音程が合っていないというようなことを忘れさせ、オーケストラから出てくる音の輝かしさ、あるいは色彩感に、ぼくはまず魅惑されてしまう。

ドイツのオーケストラなら、特別な指揮者でなくても[すばらしいアンサンブルと、すばらしい構成力を示していて][合奏の力に圧倒され]るのです。ヨーロッパを代表する二つの国のオーケストラがずいぶん違う方向に進んでいます。日本はどうでしょうか。

      

3 古い歴史をもたないアメリカと日本

小澤は、[日本のオーケストラは、僕の感じではどうやらアメリカ流に進歩していくんじゃないか]と語っています。さまざまな国から来た演奏家が集まって[一種独特の空気を作っている]のがアメリカ流です。オーケストラに、どんな特徴があるのでしょうか。

▼共通して言えることは、非常にメカニックが強いということである。非常に技術が高く、出す音が大きい。演奏者一人一人が非常に高度な技術を持っているから、音楽をつくるばあいに不可能ということはない。何でも自分たちはできるという強い信念をもってオーケストラ活動をしているように、ぼくには思える。

小澤は、[アメリカと日本に共通していることは、両方とも古いオーケストラの歴史というものがない]ということです。伝統よりも、「メカニック」や「技術」など個人的な能力を高めていく方向に行くしかないということでしょう。これが心に響きます。

幹部クラスの人たちは無意識のうちに気がついているのでしょう。ビジネスで日本的な慣行を世界に主張できません。個人の能力を鍛えてプロフェッショナル人材を増やす必要があります。オーケストラの特徴はそのままではないにしろ、ヒントになりそうです。